『鬼滅の刃』が2020年の社会現象になっています。
漫画・アニメ・映画・小説にふれた多くの人々を元気づけ勇気づけながら、新型コロナで疲弊した日本経済をも活性化しています。
原作漫画の発行部数も、小説も2020年のトップで勢いが衰えません。映画の興行成績は、近々、史上最速のスピードで歴代トップになることは確実です。
『鬼滅の刃』関連の商品(文具・お菓子・飲料水・小物・服など)もあちこちで見るようになりました。
その人気は、連載されていた『少年ジャンプ』の読者層である少年・青年に留まらず、少女や若い女性、お母さんやお父さんたち、10代から70代までの老若男女に広がっているのです。
なぜ、これほどまでに人気があるのか?
それを探るために、様々な人の話を聞き、記事を読み、漫画を読んでみました。私なりに、その理由をまとめてみます。
人気の秘密1 伝統と革新
『鬼滅の刃』は、少年漫画がヒットする「伝統」を踏襲しつつ、これまでにない「革新」の部分があると分析しているが、中田敦彦氏(参照:「中田敦彦のYOUTUBE大学」80分の授業)です。
中田氏によると、伝統とは
1.鬼、血統、組織
2.侍、刀、組織
3.敵の力を持つ味方
など、少年たちの気持ちを湧きたてる要素がふんだんに盛り込まれているとのこと。そのような設定の中で主人公が仲間と共に、戦い、成長し、勝利を得ていくのです。
しかし、『鬼滅の刃』は、首がはねられ、血しぶきが舞うような残酷なシーンがあるのに、少女や若い女性、お母さんたちをも魅了していったのはなぜか?
それが、『鬼滅の刃』の革新部分です。
『鬼滅の刃』の革新とは、
1.人格者の主人公(炭治郎)
彼は、少年漫画によくあるように、自分の夢や野望をかなえるために戦うのでなく、鬼にされた妹を人間に戻したいがために戦います。実に優しい少年で、死んでいく鬼の境遇や心情にさえも共感するのです。
2.守られつつ戦うヒロイン(禰豆子)
炭治郎の妹、禰豆子(ねずこ)も守られながら、兄とともに戦っていきます。
3.敵味方とも描かれる家族愛
主人公炭治郎は、家族(妹)のために戦い、殺された家族(の思い出)や生き残って鬼にされた妹に支えられながら戦い続けます。
また、炭治郎の仲間や先輩たちにも、鬼(となった元人間)にも、それぞれに家族があり、悲しく切ない境遇(愛と憎しみ)が描かれているのです。
私も、この分析には納得しています。
このような女性にも受ける作品が描けたのは、作者が女性だからというのは大きな要因でしょう。
さらに、私が原作を読んで思ったことですが・・・。
人気の秘密2 登場人物が多彩でユニーク
詳細は長くなるので語りませんが、主人公炭治郎と共に戦う少年たちが実にユニークで面白いということです。彼らが、厳しい訓練を経て、切磋琢磨しながら成長し強くなっていく様は、少年漫画の王道です。
また、炭治郎の大先輩にあたる「鬼殺隊」の「柱」たちも、一人ひとり、実に個性豊かで魅力的です。(後で取り上げますが、その一人、煉獄杏寿郎は生き方や振る舞いが最高にかっこいい)
そして、敵である鬼たちも、それぞれが恐ろしい特殊技能をもち、凄まじく強く、酷いのです。
さらに、すべての鬼の頭であって悪の根源である鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は、「柱」たちが束になっても敵わないほどの底しれぬ力をもっています。
しかも、それぞれの登場人物が(人間も鬼も)、実に丁寧に巧みに描かれ、その境遇や心情が切ないのです。
その上で、この作品は、私たちが生きていく上で大切なことを登場人物の戦う姿、生きる姿、セリフで表現しています。
たとえば、こんなセリフがあります。
人気の秘密3 名言(名セリフ)が多い
この漫画には、名言が非常に多いです。いくつか紹介してみましょう。
●竈門炭治郎(かまどたんじろう)の名言
「失っても失っても 生きていくしかないんです。 どんなに打ちのめされようとも」(単行本2巻 )
このセリフは、婚約者を鬼に殺されてしまった町民を、炭治郎が慰めるシーンで登場しました。
炭治郎自身も、家族を鬼に虐殺されています。己を鼓舞する言葉でもあるのです。
●吾妻善逸(あがつまぜんいつ)の名言
「炭治郎・・・俺・・・守ったよ・・・。お前が・・・これ、命より大事なものだって・・・言ったから・・・」(単行本3巻 )
炭治郎が命より大切なものだと言っていた箱(妹の禰豆子が入っている)を、体がボロボロになりながら守り続けた、仲間の善逸のセリフです。
善逸は、ふだんは臆病で意志が軟弱な少年です。しかし、時折このような強さを見せるのが、たまらない魅力でもあります。
●煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)の名言
煉獄杏寿郎さんは、鬼殺隊の柱の一人で、豪快で明朗快活でまっすぐな性格、言葉もストレートです。その生き様は、実に潔く、炭治郎たちに大きな影響を与えます。
漫画では第6巻から登場する煉獄杏寿郎さんは、映画『鬼滅の刃 無限列車編』の主人公的な存在となっています。
以下、ネタバレとなりますが、非常に感動的なシーンと名言です。(単行本8巻)
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無限列車を襲ってきた鬼の上弦の参・猗窩座(あかざ)は、煉獄さんに言います。
「お前も鬼にならないか?」
煉獄さんの闘気を見て、至高の領域に近いと評する猗窩座は言うのです。
「お前が至高に至れないのは、人間だから。老いる、死ぬ。そんな限界をもっている生き物だからだ。鬼になろう。杏寿郎」
ともすれば、魅力的にも映るその誘い。
しかし、煉獄さんは一瞬たりとも迷いません。
「ならない。老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ 堪らなく愛おしく、尊いのだ。」
「何度でも言おう 君と俺とでは価値基準が違う。
俺は如何なる理由があろうとも 鬼にはならない」
強さが目的の猗窩座と、強さは人を守るための手段でしかない煉獄さん。
煉獄さんは、少しも揺らぐことなく猗窩座の誘いをはねつけます。
しかし、この後、猗窩座との戦いで、煉獄さんは腹をえぐられてしまいます。
「死んでしまうぞ杏寿郎! 鬼になれ!鬼になると言え!! お前は選ばれし強き者なのだ!!」
猗窩座は、煉獄さんを鬼の道へと執拗に誘いかけます。
しかし、そのとき煉獄さんの脳裏に蘇ったのは、幼いときに聞いた亡き母の言葉でした。
「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることなきように」
最後の力を振り絞った煉獄さんの一撃で、猗窩座は動きがとれなくなります。
まもなく太陽が出る(鬼は太陽の光に当たると死んでしまう)ことに焦った猗窩座は、自分の腕を切り離して逃げていきます。
その背中に向かって、戦いで重傷を負った炭治郎は、涙ながらに叫びます。
「煉獄さんのほうがずっと凄いんだ!強いんだ!!
煉獄さんは負けてない!! 誰も死なせなかった!!
戦い抜いた!! 守り抜いた!! お前の負けだ! 煉獄さんの勝ちだ!!!」
瀕死の状態にある煉獄さんは、最期のときを迎え、炭治郎たちに語ります。
「胸を張って生きろ。己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと心を燃やせ。
歯を食いしばって前をむけ。君が足を止めて蹲(うずくま)っても時間の流れは止まってくれない。共に寄り添って悲しんではくれない。」
「竈門少年 猪頭少年 黄色い少年 もっともっと成長しろ。そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ」
「俺は信じる。君たちを信じる」
3人に自分の伝えるべきことを言い切ると、煉獄さんは母の姿を幻視します。
「俺は、ちゃんとやれただろうか。やるべきことを、果たすべきことを全うできましたか」?
「立派にできましたよ」
そう微笑む母に、煉獄さんは笑みを浮かべて死んでいきます。
彼は最期まで一切折れることなく、自分の信念を貫き通しました。
死の淵に立ちながらも乗客たちを、炭治郎たちを守るために戦い抜き、命懸けで己の責務をまっとうしたのです。
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このように、読む人の心を震わせる名言、勇気が湧き上がってくる名言、人間の生き方の根幹に関わる名言が多いのです。
『鬼滅の刃』は、人間が陥る欲望や悪と戦いながら、何のために、どのように生きるかを読む人に問いかけ、心の芯を揺さぶる、感涙必至の名作です。