『生かされて。』(イマキュレー・イリバギザ著)という本のご紹介です。
この本は、1994年、アフリカのルワンダで、100日間で約100万人が同族によって虐殺されるという悲劇が起こったとき、当時大学生だったイマキュレー・イリバギザさんの回想記です。
この特異な経験を通して磨かれた彼女の魂のあり方に、私たちも学ぶことがあると思い、ご紹介します。
親しい人に裏切られたり、傷つけられたりした経験に、いまでも苦しんでいる人に読んでいただければ幸いです。
ルワンダでの大虐殺
遠く日本から離れた小さな国で起こったことですが、存じの方が多いかと思います。
1994年、アフリカのルワンダで、100日間で約100万人が同族によって虐殺されるという悲劇が起こりました。
その事件の有り様については、私は世界中に衝撃と感動を与えた「ホテル・ルワンダ」という映画で知りました。
この映画は、ひとりの勇気ある男性ホテルマンが殺されてゆく運命にあった千二百人の命を救った感動的な実話がもとになっています。
アメリカ、ヨーロッパ、そして国連までもが「第三世界の出来事」としてこの悲劇を黙殺する中、命を狙われていたツチ族の妻をもつホテルマン、ポール・ルセサバギナは、なんとか家族だけでも救たいと願っていました。
しかし、彼を頼りに集まってきた人々、親を殺された孤児たちと接するうちに、ひとりで虐殺者たちに立ち向かうことを決意します。
行き場所のない人々をホテルにかくまい、ホテルマンとして培った話術と機転だけを頼りに、虐殺者たちを懐柔し、翻弄し、時には脅しながら、1200人もの命を守り抜いたのです。
映画は大ヒットし、アカデミー賞、ゴールデン・グラブ賞などにノミネートされました。
さて、この映画と直接なつながりはないのですが、この大虐殺事件を奇跡的に生き抜いた人が書いた本を最近読んで感銘を受けました。
この本は、全米でベストセラーとなり、日本でも2006年秋に翻訳発行された『生かされて。』(イマキュレー・イリバギザ著 PHP研究所)です。
突然の大虐殺と祈り
著者は、この当時大学生だったイマキュレー・イリバギザさん。
イマキュレー・イリバギザさんは、「永遠の春」と呼ばれた彼女の愛する国ルワンダで、愛情あふれる家族に囲まれて育ちました。
しかし、ルワンダでは、1994年、政府の主導のもとに突然に大虐殺が始まるのです。
これまで隣人であり、友人であった人びとが、大鉈やナイフを持って襲いかかります。
彼女は虐殺が始まると、殺戮者が「皆殺し」を叫び生き残りを探す中、牧師の家の狭いトイレに七人の女性と身を隠します。
物音一つ立てられず、身動きもままならない密室のなかで恐怖と対峙しながら、彼女は必死で祈りました。
命が助かるように願うことはもちろんです。
彼女は次第に心に湧き上がり、膨れ上がる、殺戮者に対するやり場のない憎悪に対しても、祈ることによって闘ったのです。
「どうぞ、神様、私の心を開いてください。そして、どうしたら彼らを許すことが出来るかお導きください。私は、私の憎しみを鎮められるほど強くはありません。私の憎しみは燃え上がって、私を押しつぶしてしまいそうです。 どうぞ、私の心に触れてください。どうしたら許すことが出来るのか教えてください。」
祈りによる許しと平安
神様は、この必死の祈りに応えました。
彼女が生き延びられたのも奇跡的ですが、彼女の心の中で殺人者に対する怒りや憎しみが消えたのも奇跡です。
それができたのは、あるとき、祈りのなかではっきりと気づいたからです。殺人者でさえ、神様の目には神の子どもであり、愛と許しを受ける対象なのだと。
「私は、神様に彼らの罪を許し、彼らの魂を神様の美しい光の方向に向けて下さいとお願いしました。その夜、私は、はっきりと意識を持ち、清らかな心で祈りました。この場所に着いてから、はじめて、私は平安のうちに眠ることが出来ました」
そんな彼女の心が試される出来事がありました。
救出された彼女は、知り合いの地方長官の図らいで自分の母と兄を殺し、財産を奪い、自分を死の恐怖に陥れた殺人者と刑務所で対峙させらたのです。
彼女の心は決まっていました。彼女は、たった一言を言うために彼に会いに行きました。そして、その殺人者に会うと、一歩進み出て、彼の手に軽く触れ、静かにこう言ったのです。
「あなたを許します」
地方長官は憤りました。彼は、イマキュレーが自分の家族を殺した相手を尋問し、罵り、つばを吐きかけて辱めることを期待していたのです。それなのに、なぜ許すのか、どうしてそんなことができるのかと、と逆に彼女を問い詰めます。
それに対して、彼女は穏やかに答えました。
「許ししか私には与えるものはないのです」
なぜ生かされたのか
現在、イマキュレーさんは、アメリカに移住し、愛する夫と二人の子どもとともにとても幸せな生活を送っています。
「なぜ自分が奇跡的に生かされたのか」
そのわけを知っている彼女は、ニューヨークの国連で働き、虐殺や戦争の後遺症で苦しむ人たちを癒す活動を続けています。
彼女がこの本を書いたのは、遠いルワンダでの悲惨な事件を私たちにただ伝えたかったからではありません。
彼女が本当に伝えたかったのは、その経験を通して得たメッセージです。
それは、私たちすべての人に必要なものだと彼女は信じているのです。
彼女は言います。
「世界中の誰でも、自分たちを傷つけた人たちを許すことを学ぶことができます。その傷がどんなに大きくても。そのことの真実を私は毎日見ています。一人一人の心に宿る愛こそが、世界を変えられるのだと思います」
この本は、遠いアフリカのルワンダを舞台にしていますが、もうひとつの舞台は、読者である私たちの心だと思います。
ルワンダで起こったことは、どこでも起こりえます。人が人を傷つけることは、どこでも起こりえます。
私たちのまわりでも起こりえます。私たちの心のなかでも起こりえます。
この本を読まれた方は感じるでしょう。
この本は、かつて人に傷つけられ、いまも心に傷を負っている人のための愛深い救いのメッセージなのだと。
私たちを苦しめる憎悪や復讐心を克服するには、 私たちの心のなかにある善き力ー信仰、希望、愛ーが大切であるということを……。
いまの自分にはそんな力がないと感じる人がいるかもしれません。
でも、イマキュレーさんは、自らの体験を通して教えてくださいました。
誰でも、自分にその力が与えられるようにと、祈り求めることはできるのです。