記事

「子どもの貧困」問題のためにできることは?

ある小学校で小学四年生の子どもがバタンと倒れました。発表会に向けてクラスで歌の練習をしていた最中です。

その子は空腹と睡眠不足でふらついたのです。

親は、その子が起きる前に出勤し、夜は寝静まってから帰宅します。身の回りの世話もしてもらえず、遅刻や欠席、忘れ物が多くあります。

授業も集中できず、学力テストの結果は最低レベルという子でした。

学校現場では、そんな子どもが増えているそうです。

六人に一人の子どもが貧困

近年注目されている「子どもの貧困」の問題は、多くの人にとって実感しにくいものではないでしょうか。

実は私もそうでした。自分なりに調べてみて、ようやくその問題の深刻さに気づいたというのが正直なところです。今でも実感はうすいのですが、衝撃的なデータがあります。

日本では、子どもの相対的貧困率は十六.三%、つまり「六人に一人」が貧困なのです。先進国では、最低レベル。しかも、ここ十年悪化し続けています。

相対的貧困率とは、年収が全国民の年収の中央値の半分に満たない国民の割合を指します。所得が低くなると、どうしても食費を切り詰めざるを得ません。

山梨県のある地域で貧困問題に取り組むNPOと新潟県立大学が共同で調査を実施したところ、「子ども一人当たりの食費が一日三百二十九円」でした。

主食の米さえままならない食事が続く毎日。成長に必要な栄養が取れないほどにまで食費が圧迫されているのです。 

PR

問題は単純ではない

二〇一二年十月十九日に放送され、大反響を呼んだNHKの特報首都圏「チャイルド・プア ~急増 苦しむ子どもたち~」では、様々な子どもたちの苦悩の実態が明らかにされました。

学校給食だけが唯一の食事だという小学生。一家で夜逃げをせざるを得なくなり、二年間、車上生活で勉強が大幅に遅れてしまった中学生。家庭崩壊から十代でホームレス生活を送った男性など。

この番組を書籍化した、新井直之著『チャイルド・プア 社会を蝕む子どもの貧困』(TOブックス)に登場する、朋美さん(仮名)の実例は、日本の母子家庭の現状を象徴しています。 

朋美さんは、パート収入四万円、生活保護と児童手当で二人の子どもを育てています。母子世帯での母自身の平均年間就労収入は 百八十一万円。約八割の人が仕事をしての数字です。これを見て、「フルタイムで働けばいい」という人もいるでしょうが、話はそんなに単純ではないのです。

まず、正社員になかなか採用されないという問題があります。また、シングルマザーの家庭で親がフルタイムで働けば、子育てとの両立が困難になります。

朋美さんも、以前フルタイムで働いていて、身体を壊し救急車で運ばれたことが三度ありました。親が子どもと接する時間が少なかったり、ストレスを抱えたりすれば、乳幼児に必要な親の愛情、親子の信頼関係が希薄になります。

朋美さんは、様々な問題の狭間で苦悩しながら、子どもが健全に育っていくことを願って、仕事の時間を削らざるを得なかったのです。

問題は連鎖している

経済的な厳しさ以上に、子どもたちが劣悪な家庭環境に置かれているケースが多くあります。

例えば、親による虐待やネグレクト(育児放棄)を受けているケース。親の精神疾患、ギャンブルやお酒への依存症から、家庭が崩壊しているケース。喧嘩やドメスティックバイオレンスなどが原因で、両親が離婚するケースもあります。

そのような生活環境の中では、子どもの情緒は不安定になり、学習に向かう姿勢にも悪影響が出てきます。いじめや不登校の問題につながることもあります。

学力格差の問題が生じ、その延長として、学歴に差が出ているのが現状です。そして、その問題は次の世代へと連鎖していく可能性が高まります。

このように、子どもの貧困は家庭内の複合的な要因とともに深刻化し、その家族だけでは歯止めが聞かなくなります。

もし、この問題が見過ごされれば、子どもたちの将来、子どもたちが担っていく日本社会はどうなるのでしょうか。私たちは考えるべき時に来ているのです。

問題解決の対策として

このような現状を前に、政府は二〇一四年八月二十九日の閣議で、「子供の貧困対策に関する大綱」を決定しました。

「子どもの将来が生まれ育った環境に左右されず、貧困が世代を超えて連鎖することのないよう、必要な環境整備と教育の機会均等を図る対策は極めて重要だ」として、教育や生活の支援などに取り組むとしています。

具体的には、学校や地方自治体の福祉部門などと連携して家庭環境に応じた支援を行う「スクールソーシャルワーカー」を今後五年間に現在の千五百人から一万人に増やすことなどが盛り込まれています。大きな前進ですが、悪化する貧困化を食い止めるには不十分だという有識者の声もあります。

国の施策に任せるだけでなく、身近な地域社会の中でこの問題に取り組んでいる人たちもいます。 

NHKクローズアップ現代「おなかいっぱい食べたい 子どもの貧困」(二〇一四年九月二十五日放送)では、その様々な取り組みが紹介されていました。

企業や農家などから寄贈された食品を、支援が必要な家庭に無償で提供するNPOの活動。子育て支援の一環として小中学校の給食費を無料にした自治体の取り組み。中でも地域の住民が集まって開く月二回の無料の「子ども食堂」が印象的でした。 

その食堂では、食材は寄付や助成金で賄い、調理は地域の主婦たちのボランティア。子どもたちは手伝いをすると無料で食べることができます。

十二歳のみきさん(仮名)は、子どもの食堂のおかげで救われたそうです。みきさんは、母子家庭であることを友達にからかわれ、小学二年生のころから不登校となりました。母親はパートで働いていますが生活は苦しく、食事は一日一食だけ。誰にも相談できず家に引きこもる毎日を送っていました。

「つらくて悲しくて、ママが本当にやつれていたので何も言えなくて、苦しかったです」

しかし、子ども食堂によって、みきさんは変わっていきます。食事を一緒に食べる楽しさや地域の人たちとのつながりを初めて感じることができたと言います。

「料理を作るのも楽しいんですけれど、友達と遊んだりすることが一番の楽しみです。」

番組では、年下の子どもたちに読み聞かせをしてあげるみきさんの姿が映し出されていました。今、みきさんは新たな目標を見つけ、少しずつ学校に通い始めているそうです。

愛をもって助け合う

「経済的に貧しいなら、子どもを産まなければいい」という意見もありますが、それは神さまの意に反します。

 二〇一五年三月十八日、教皇フランシスコは、一般謁見の中で、家庭に関する連続講話の十回目として、子どもについて語られました。

「親愛なる兄弟姉妹の皆さん、子どもはいのちや喜び、希望だけでなく、問題ももたらします。しかし、それが人生です。心配をかけたり、問題を起こすことももちろんあります。しかし、子どもがいないために悲しく、灰色になってしまった社会よりも、心配や問題を抱えた社会の方がより良い社会です。」(カトリック中央協議会HPより)

 確かに、子どもは邪魔だと産児制限する社会よりも、子どもを受け入れ、そのために生じる問題を解決していこうとする社会の方が神のみ心にかなっています。

 子どもは宝です。いのち、喜び、希望をもたらします。その子どもが大人の作った社会で、貧困ゆえに生きる力や希望をなくていくことを私たちは看過してよいでしょうか。

「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイ25・40) 

できることは、わずかのことかもしれません。しかし、愛をもって助け合っていくことを神さまは喜ばれるのです。

・・・・・・・・・・

『カトリック生活』2015年6月号 連載エッセー「いのり・ひかり・みのり」第43回 拙稿「子どもの貧困」より