あなただけじゃない
みんなみんな
悲しみを背負っている
悲しみのさなかにいると、まるで自分だけが悲しいように思えてきます。
でも、本当はみんなだれでも悲しみをもっているのです。
悲しみを捨てたくても、ゴミのようには捨てられません。
大切な思い出として、
自分の一部として、
みんな悲しみを背負っているのです。
でも、悲しみを背負いながらも、にこにこ笑っている人がいます。
その人は、きっと悲しみの向こうに希望の光を見ているのです。
この世は喜びと悲しみの旅路
人生楽あれば苦もあって
でこぼこ道であたりまえ
号泣するくらいの悲しみを経験するのは、この人生であたりまえです。
人間はこの世ではみんな自分の道を歩く旅人です。
旅の途中には、いろいろなわずらわしいことがあります。
冷たい雨や風に出会うことがあります。
予期せぬ災難に巻き込まれることもあります。
だれかの裏切りに会うこともあります。
この旅路では、それはみんなあたりまえのことです。
それでも、歩みを続けることで目的地に着きます。
何ももっていない人でも
何かをもっている
与えることで
人の心は満たさる
あなたは、自分には足りないものがあると思っています。
その通りです。
あなたが満たされるために、不足しているものがあります。
でも、それはあなたが今ほしがっているものではないでしょう。
あなたがほしがっているものを手に入れても、
しばらくすると、あなたにはまた不満が残ります。
あなたに本当に不足しているのは、
あなたがもっているものを他の人に与えることです。
もらうより、与える方が人の心は満たされるのです。
希望の光が見えてくる
自分を守るための鎧が
あまりにも重くて
あなたを
苦しめている
世の中の多くの人は、鎧をつけています。
自分を守るために、
知らず知らずのうちに鎧をつけています。
あなたも、その鎧の重さを感じるときがあるでしょう。
鎧の重みに泣きたくなることもあるでしょう。
本当は、鎧なんかいらないのです。
誰とも戦わなければ、鎧を脱いでいいのです。
鎧をぬげば、もっと身軽に伸びやかに歩けるでしょう。
鎧をぬげば、もっと素直になれるのです。
真っ暗な夜でしか
希望の光の
輝きは見えない
星の光は昼間には見えません。
希望の光は、真っ暗な夜にしか見えません。
悲しみの夜でないと、見えない光があるのです。
あなたは、その光を見ることができましたか。
かすかな光を見ることができたのなら、あなたはもうすぐ朝を迎えます。
その光があなたのこれからの希望の光となります。
朝になっても、昼になっても、また夜になっても、
その光は求める人の心で輝き続けるのです。
みじめでもいい
へまばかりでもいい
それでもあなたの良さはなくならない
なんとなく悲しいのは、
まわりの人がなんだかりっぱにみえて
自分はこんなにもみじめだから?
だれもかれも生きるのがじょうずなのに、
自分はいつもへまばかりだから?
まわりの人と自分を比較すると疲れるだけです。
みじめでもいい、へまばかりでもいい。
本当はだれでもそうなのです。
それでも自分の良いところを見つけられた人が、
みじめでも、へまばかりでも輝くことができるのです。
いまのあなたの考えに
間違いがあるとすればただひとつだけ
自分はダメだと思っていること
人間は間違った考えをもつことがあります。
だれでも陥りやすし間違いは、自分はもうダメだと思いこむことです。
自分はダメだと思っている人の話を聴いていると、
なるほどなと思えてきます。
でも、本当はそうではありません。
ただその人は視野が狭くなっているだけです。
自分はもうダメだと思っている人は、1%のことを何度も何度も考えこんでいます。
そのまわりにある99%のことが見えるようになると、必ず考えが変わります。
自分にもいいところがあるんだなと気づきます。
あきらめよう
なくしたモノは、
いずれなくなるモノだった
この世のモノは、いずれ消えてなくなります。
モノにも寿命があるからです。
あなたが持っているモノも決して例外ではありません。
あなたの大切にしていたモノには、あなたの心がへばりついていました。
それを執着心と言います。
いつまでも考え続けていると、執着心は悲しみと不安の原因になります。
モノがなくなったのなら、ついでにその執着心も、
きれいさっぱり捨ててしまいましょう。
その方があなたの心はもっと自由になるのです。
憂いの数ほど優しくなれる
優しい人はたくさんの憂いを
乗り越えてきた人
痛さや苦しさを経験するおかげで
人の痛みや苦しみに共感することができます。
優しい人は人の憂いがわかる人です。
何かの悲しさを経てきた人は、
人の悲しさに共感できます。
そういう人の優しさのおかげで、
人の気持ちはホッといやされるのです。
望むなら
苦しさのあとに
プレゼントがある
スポーツで勝利を獲得するためには、
苦しい練習に耐えられなければなりません。
選手は苦しいとき、この練習を積み重ねれば力がつくきます。
そして、この苦しみの先には勝利が待っています。
そういう目に見えないものに選手は希望を託しているのです。
苦しさのさなかにいるとき、どんな希望がありますか。
苦しさの代償としてどんなプレゼントを望みますか。
希望をもって進んですると、苦しい練習も楽しくなります。
苦しみにも価値がある
苦しみによって人は磨かれる
苦しみによって人は成長する
苦しみによって夢は実現する
人がこの世で苦しむことは、避けられません。
その苦しみのよって人は磨かれ、成長し、夢を実現していきます。
その苦しみを前向きに受けとめるか、
仕方なく受けとめるか、で変わります。
仕方なく受けとめると、ますます苦しみがイヤになってくるのです。
前向きに受けとめると、その苦しみを通してよいことに出会えます。
苦しみのおかげで、辛いが幸いになります。
辛いと幸いは似ている
辛かったことは、
いずれ幸いだと思える
いま悲しんでいる人は幸いです。
イエス・キリストもそう言いました。
いま悲しんでいることは、決して価値のないことではありません。
いまはわからくても、その価値はずっとあとにわかるのです。
いずれその悲しみは癒されます。
癒され立ちあがった心は、きっと光を放って輝きます。
その光はあなたと同じような人を照らすでしょう。
悲しみの道を歩いている人はたくさんいます。
あなたはきっとその人たちの光になるでしょう。