いい話

なぜ「鬼太郎の街」境港は成功したのでしょうか?

なぜ山陰地方の田舎町、境港市は日本の人気スポットになったのでしょうか?

自分の故郷の変貌のわけを自分なりに調べて考えてみました。

これは、地域社会や企業、あるいは自分を盛り上げ、発展させるためのヒントになります。

あの閑古鳥の鳴く商店街が・・・

●「自分の持てるものを他に与え、それに応じて他から受ける。多く受けたいと思えば、多く与えたらいい」松下幸之助

この松下幸之助氏の言葉を読んで、ふと思い出したのは、わが故郷、境港市です。

この街は、おかげさまで、いま多くのものを受けています。

経済評論家のKKさんによると、境港市は、ディズニーランド、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに次いで年間250万人の観光客が訪れる日本第3番目のテーマパークのような場所になっているとのこと。(これは2010年頃の数字ですが、いまも年間200万人訪れています)

境港市って、このように山陰地方の交通の便がむちゃくちゃ悪いところにあります。

このように景色の良い場所(弓ヶ浜から眺める伯耆大山)はあったりしますが、

このように鳥取県と島根県とを結ぶ大きな橋(境水道大橋)もあったりするのですが、

私が大学生の頃までは、魚の水揚げ高が日本屈指という以外は、特に目立ったところのない地方の田舎街だったんですよ。

JR境駅から続く、もっとも賑やかなはずの駅前商店街には、いつも閑古鳥が鳴いていました。

それがいまは、休日には約7万人(市の人口の2倍)の人が来る観光地になったのです!

なぜ、そうなったのか?

それは、実は、松下幸之助氏の言葉にも深く関係する理由があります。

(長くなりそうなので、これはまた今度にしましょう。)

と、いうようなことを書きました。

では、忘れないうちに書いておきましょう。

水木しげる氏の奇妙な案に住民は大反対

境港は、ご存じ『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげるさんの故郷です。

私が大学生くらいまでは、そのことはほとんど話題になりませんでした。

ところが、1998年頃、『ゲゲゲの鬼太郎』の人気にあやかって、境港の駅前に、妖怪のブロンズ像を設置しようという奇抜な案が浮上。

いわゆる町おこしです。

地方都市のさびれた駅前を活性化させるために、市のプロジェクトチームが考えた末の苦肉の策でした。

ところがというか、やはりというか、この案に地元商店街の人は大反対!

(あえて方言で)

「妖怪だあ? 鬼太郎・・・ねずみ男・・・なんじゃいそら?」

「わしらの町を妖怪の町にすうーだか!」

「そげなもん置いたら、気味悪がって、よけい人が来んようになあで!」

いまでこそ、大成功して、誰も文句を言わなくなったのですが、当時の一般市民に感情としてはそのようなものでした。

しかし、市のプロジェクトチームが一軒一軒、熱心に説いてまわり、商店街の人々も次第に態度を軟化させていきました。

そして、ついには承諾。

その後、1992年に6体、1993年にはさらに17体の像が完成。

その通りは「水木しげるロード」と命名されました。

次第に、山陰の人気スポットになっていきました。

いまや130体以上の像が並び、通りには、さまさまな鬼太郎グッズを売る店が立ちならんでいます。

2010年には、NHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」のヒット、映画化に伴い、さらに人気上昇。

年間250万人の観光客が訪れる「日本第3番目のテーマパーク」と言われるほどになったのです。(年間最高は372万人‼

地元の人々の努力と水木さんの存在のおかげで・・

この成功の要因は、もちろん市の人や地元の人々の努力(いや遊び心かな?)が大きいのですが、もともとは水木さんの存在があってこそです。

もともと「妖怪のブロンズ像を設置しよう」という奇抜な案は、水木さんの言い出したこと。

 なんと水木さんは『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターを使うにあたり、「境港の人から著作権使用料はいりません」とおっしゃているのです。

 「境港のみなさんで鬼太郎と遊んでください」とも・・・

なので、境港の人も、面白いアイディアをどんどん出しあって、鬼太郎関係のオリジナル商品をつくったり、

ねずみ男そっくりコンテストゲタ飛ばし大会妖怪川柳コンクール世界妖怪会議など様々なイベントをおこなったりして、自分たちも楽しみながら、観光客を楽しませることができるとのこと。

もしも、水木さんがケチケチしていたら、ブロンズ像は増えなかったかもしれないし、記念館もできなかったかもしれません。

「鬼太郎音頭」もなかったし、「目玉おやじ列車」も、「ねこ娘列車」も走ってなかったでしょう。(笑)

境港の成功は、水木さんの広い心から誕生し、境港の住民の努力(+遊び心)によって発展してきたのです。


私が水木さんや故郷から学んだことは、与える心と人を喜ばせる遊び心です。

【出典】村良布枝著『ゲゲゲの女房』(実業日本社)