真実の出会い、
心と心のぶつかり合いで
人は変わり得る。
新垣勉 (テノール歌手)
テノール歌手の新垣勉さんの実話です。
自分だけがどうして・・・
テノール歌手の新垣勉さんは、生後間もなく助産婦の点眼ミスで失明しました。
沖縄駐留のアメリカ兵だった父親は、一歳のときに帰米して行方がしれません。
日本人の母親は幼い新垣さんを祖母に預けて再婚し姿を消しました。
「なぜ自分だけがこんなに不幸なのか」と生まれてきたことを呪う日々が続きました。
中学二年で祖母が亡くなると、その思いはいっそう強くなります。
「いつかアメリカに渡って父を探し出し、殺してやる。
自分を捨てた母、光を奪った助産婦もみんな・・・そして自分も」
高校一年生のある日、歌が好きだった新垣さんは、「賛美歌を歌いたい」とふと教会の門をたたきます。
そこでの城間牧師夫妻との出会いが、彼に生きることへ目を向けさせる転機となりました。
両親への恨みを語る新垣さんのそばで、城間牧師は黙ってすべてを聞き、涙を流していました。
「人のために涙を流してくれる人がいるなんて・・・」
その驚きと、自分を家族のように迎えてくれた牧師一家の優しさに、新垣さんは次第に心がいやされていきます。
あるとき、彼の心を深く打ったものがありました。
それは牧師の妻がテープに吹き込んでくれた三浦綾子の本『道ありき』です。
人が信じられず、自分の価値もわからない、自ら命を絶とうとしたことがあるなんて、まるで少し前の自分ではないか・・・。
信じていたものに裏切られたうえ、肺結核を患って捨て鉢になった著者に自分の姿が重なりました。
そして、三浦綾子が前川正という青年との出会いによって変わったように、彼も、城間牧師夫妻や様々な人との出会いによって変わっていきます。
神様からのプレゼントです
そのひとつは、世界的なボイストレーナー、A・バランドーニ氏との出会い。
氏は、新垣さんの声がラテン系の明るい声であることに驚き、こう言いました。
「素晴らしい声を授けてくれたお父さんに感謝しなければなりません。
神様からのプレゼントです。
この声で、一人でも多くの人を元気づける歌を歌いなさい」
これまで、マイナスだと思っていたことがプラスになった瞬間でした。
そして、父親も母親も、みんな許せるようになったきっかけでした。
「真実の出会い、心と心のぶつかり合いで人は変わり得る。
そして、人間は、他者にもそういう出会いを提供する存在になろうと努力し続けることできると気づかせてくれたのが、この本『道ありき』なのです」
新垣さんはいま、両親から素晴らしい声を与えられたことに感謝し、一人でも多くの人を元気づけようと全国各地のステージに立っています。
(参照・出典「読売新聞」2002年5月26日)