毎年2月14日バレンタインデーになると、よく次のようなことが話題になりますね。
1.バレンタインデーの由来って何?
2.バレンタインって、どんな人だったの?
3.なぜ、チョコレートを贈るようになったの?
ある程度のことは知っていたのですが、今回いろいろと調べてみて新たにわかりました。
ご紹介します。
バレンタインデーについて・・・簡単なまとめ
すぐに知りたい人のために、まず簡単にまとめておきますね。
1.バレンタインデーの由来は、3世紀頃のカトリックの聖職者、聖ウァレンティヌスの記念日(2月14日)です。
2.バレンタイン(聖ウァレンティヌス)は、ローマ皇帝の禁令に背いて、恋人たちの結婚式を執りおこなったために捕らえられ、269年の2月14日に殉教した聖人です。
3. 日本でチョコレートを贈るようになったのは、ある会社の商業戦略がきっかけです。
もう少し詳しく知りたい人は、以下をご覧ください。
バレンタインデーの由来(聖バレンタインとは?)
日本では、バレンタインデーは、「恋する人にチョコレートを贈って愛の告白をする日」と思われていますが、ご存じのように、本来のバレンタインデーは、そういう日ではありませんね。
簡単にバレンタインデーの由来を確認しておきましょう。
バレンタインデー(Valentine’s Day)は、聖バレンタインデー(St Valentine’s Day)ともいわれ、3世紀頃のキリスト教の聖職者ウァレンティヌス(Valentinus)に由来する記念日で、毎年2月14日に、世界各地で祝われています。
世界のカトリック教会では、1969年までは2月14日を、聖ウァレンティヌスの殉教の日としていましたが、1969年の典礼改革で、聖チリロ隠世修道者と聖メトジオ司教の記念日となり、現在はカトリック教会の聖人暦からは外されています。
ただ、バレンタイン(ウァレンティヌス)司祭が聖人であることには変わりありません。
バレンタイン(ウァレンティヌス)ってどんな聖人?
ローマ皇帝クラウディウス2世のキリスト教迫害下にあって、ウァレンティヌスはローマの司祭として熱心に宣教し、苦しむ人、貧しい人、病める人を助け導きました。
子どもをはじめ家畜などの病気を治したので、後に子どもや家畜の守護の聖人としても人々から親しまれていました。
こんなエピソード(奇跡の話)があります。
迫害されても宣教をやめなかったウァレンティヌスは、ついに捕えられ投獄されます。
投獄されている牢屋の看守には召使いがおり、その召使いには幼い頃から目が見えない娘がいました。
彼女はその牢屋を度々訪れ、ウァレンティヌスの容体を気遣うとともに、密かにキリスト教の教えを受けていました。
何度もウァレンティヌスの話を聞いているうちに、彼女の体に奇跡が起こります。
治るはずのない目の病が治癒し、見えるようになったのです。
この奇跡に彼女の家族は驚き、ウァレンティヌスに心から敬服し、一家そろってキリスト教に改宗しました。
この話を聞いたローマ皇帝は激怒し、ウァレンティヌスは2月14日、諸々の罪状により処刑されてしまったのです。
聖バレンタインはなぜ2月14日に処刑されたの?
なぜ、ウァレンティヌスが捕らえられ、(269年頃)2月14日に処刑されることになったのかは、次のようなエピソードが伝えられています。
ローマ帝国の時代、2月14日は、女神ユノ(家庭と結婚の神)の祝日とされていました。
ユノの祝日の翌日は、豊年を祈願する清めの祭り(ルペルカリア祭)の始まる日です。
当時のローマは、若い男たちと若い娘たちは別々に生活することになっていて、祭りの前日には、娘たちは名前を書いた札を桶の中に入れることになっていました。
翌日、男たちは桶から札を1枚ひき、ひいた男とその札に名前を書いた娘は、祭りの間、パートナーとして一緒にいることと定められていました。
たいていの場合、パートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚したそうです。
しかし、ローマ皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると戦いのために兵士全体の士気が下がる、という理由で、ローマでの兵士の結婚を禁止しました。
それでも、キリスト教の司祭だったウァレンティヌスは、愛し合っている兵士と娘との結婚式を秘密に執りおこなっていました。
そのため、捕らえられたのです。
その処刑の日として、家庭と結婚の神、ユノの祝日である、2月14日があえて選ばれました。
ウァレンティヌスは、ルペルカリア祭に捧げる生贄(いけにえ)として、見せしめのために処刑されたのです。
なぜ、恋人たちの守護聖人となったの?
先ほどもお話したように、兵士たちの結婚を禁止したローマ皇帝クラウディウス2世の禁令に背いて、ウァレンティヌスが恋人たちの結婚式を執りおこなったために、捕えられ、殉教しました。
そのため、ウァレンティヌスは、恋人たちの守護聖人として信仰されるようになり、彼の殉教の日、2月14日は、彼の名をとって「バレンタインデー」とされました。
ウァレンティヌスの日が祝われたのは、496年からとされていますが、これらのエピソードが語られ始めたのは中世になってからだといわれています。
以来、2月14日「バレンタインデー」はキリスト教徒にとって、恋人たちの日ともなったのです。
なぜ、女性がチョコレートを贈るようになったの?
もちろん聖ウァレンティヌスとチョコレートは、関係ありません。
中世になると、ウァレンティヌスの記念日に異性に愛の告白のカードを渡す慣習が広まり、恋に悩む人たちがウァレンティヌスに取り次ぎを願いました。
古代ローマで豊作を祈願するルペルカリア祭に女性が愛の手紙を書いてつぼに入れ、手紙を受け取った男性がその女性をデートに誘うという習慣があり、それに結び付けられたといわれます。
現在も、2月14日には手紙やギフトを贈る習慣は受け継がれています。
日本では、その話を海外の知人から聞いたメリーチョコレートの営業主任が、1958年に新宿の伊勢丹デパートで 「バレンタインには女性から男性へチョコレートを贈りましょう 」いうキャンペーンを行いました。
その後、日本チョコレート・ココア協会が、2月14日のバレンタインデーを 「チョコレートの日」と制定し、デパートなどの流通業界も加わって大々的にチョコレート商戦を繰り広げたため、ブームとなり慣例となっていったのです。
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出典参照:
『新カトリック大事典』(研究社)
女子パウロ会HP『Laudate 』「2月14日 聖バレンチノ(バレンタイン)司祭殉教者」
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