恩返しについて考えてみます。
「なんば ぜいたくなことば言いよっかあ。高校にもいけんと就職した子どんがことば思うてみい」
今井美沙子著『きょうも一日ありがとう』
『きょうも一日ありがとう』から
昔の学級通信をつらつら眺めていたら、『きょうも一日ありがとう』という本からの引用がありました。
この本を書いた今井美沙子さんは、長崎県五島に貧しい家族の五人兄弟の末っ子として生まれた人です。
「人間なんてめだかのように弱い存在なのだから、助け合って生きてゆかねば・・・」
と、ふるさと、長崎県五島で肩寄せ合って生きる人々を描いて、1977年のデビュー作『めだかの列島』で大反響を呼びました。
ご紹介するのは、今井さんの高校時代、お母さんとのやりとりを語ったエッセーです。
(会話文は、長崎五島弁です)
ちょうどそのころ、大学に進学するつもりでいっしょうけんめい勉強してきたのに、経済的に余裕がないということで、進学を断念しなければならなくなった。
(中略)
そのとき、心ならずも、母の前で、
「ああ、金持ちの家に生まれとったらなあ、ああ、都会で生まれちょれば自分の家から通えるから大学へいかるっとに・・・」
とつぶやくと、母は烈火のごとく怒った。
「もう一回言うてみい」
母の顔はみるみる紅潮した。
「なんば ぜいたくなことば言いよっかあ。高校にもいけんと就職した子どんがことば思うてみい。
あがんほうが(あんたのほうが)三年も余計勉強したとぞ。その三年の分の恩返しばしようっちい気にはならんとかあ。
そげんぜいたかっことば(ぜいたくなことを)言うとは、かあちゃんが許さん」
私は母を怒らせたことを反省し、母にあやまった。
「恩返しっちいうとは、とうちゃんやかあちゃんに対する恩返しとは
言うちょらん。学校へいけんじゃた子どんに対する恩返しのことたいね」
と母はつけ加えた。
今井美沙子著『きょうも一日ありがとう』(中央出版社)
誰かのおかげで今の自分がいる
このお母さんの言葉には、私自身、ハッとさせられます。
親のすねをかじって大学まで行かせてもらい、いまだに十分な恩返しができていない私自身が、叱られているような気にもなります。
あの時代、日本には、高校へ行きたくても貧しくて行けなかった子がたくさんいました。
今井さんのお母さん、お父さんはもちろん確かお兄さんやお姉さんたちも、そうだったと思います。
近所の「子どん」たちの多くも、そうでした。
もっと勉強したいけれど、泣く泣く就職した子もいました。
中には身売り同然で、家を離れねばならない子もいました。
そういう人たちが一所懸命働いて、困った時は互いに助け合って生きてきた。
そういう人たちのおかげで、この島も暮らしが少しは豊かになった。
当たり前のように学校で勉強ができるようになった。
あんたは、そういう人たちのおかげで、三年間も余計に勉強できたことを忘れるな。
その恩返しとして、みんなのために何かしなさい。
今井さんのお母さんはそういう考え方をする人だったんですね。
恩返し・・・
心がけていないと、忘れてしまいがちです。
ときどきは、自分が受けてきた恩を考えてみなければならないと思います。
親がいて、自分がいる。
まわりの人がいて、自分がいる。
だれでも、私たちは、生まれたときから・・・今日までたくさんの恩を受けてきたのですから。
それを忘れてはいけないのです。
これまでいただいた恩を考えてみよう。
親の恩だけでも、きっと山より高く、海より深いのです。(^.^)
【参考】今井美沙子著『めだかの列島』(ポプラ文庫)には、今井さんのお母さんのように、貧しくても助け合って生きていた人々の姿が描かれています。