いい言葉

どんな時もすべてに感謝する(阿南慈子)

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

Thank You for everything.
あらゆることを本当にありがとう

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

阿南慈子
(1954~2000)
主婦・作家

阿南さんは、31歳のときに思いがけず難病多発性硬化症が発病し、その10数年後天国に旅立った人です。

身体の機能が次第に失われていき、目も見えなくなり、言葉もかすかにしか発することができなくなる病気。

しかし意外にも、彼女と接した人々は前向きで明るい彼女に逆に元気づけられました。

実は私もそうです。

そして、いまも彼女から元気づけられています。

以前、『ありがとう、あなたへ』(思文閣出版)という本を図書館で見つけました。

この本は、彼女の一周忌を記念して出版されたエッセー集です。

どの文章にも、彼女の明るく前向きな気持ち、すべての人に感謝する気持ちがつづてあります。

読み直してみて、やっぱり阿南さんはすごいなと感動を新たにしました。

その中にこんな詩がありました。

神さまが慈子に下さった特別なお恵み

1954年6月25日 生まれたこと
翌1月6日 幼児洗礼を受けたこと
たくさんの先生方や友人達に満たされ 有意義な学校生活を送れたこと

阿南孝也にめぐり会い そして結婚したこと
長男時也が生まれたこと
長女七星が生まれたこと

多発性硬化症という難病になったこと
上田先生が主治医になってくださったこと
家族の愛に包まれて 心穏やかに病気の日々をすごせたこと

Thank You for everything. あらゆることを本当にありがとう
神に感謝

驚くべきことに、彼女は自分が「難病になったこと」にまで、お恵みだと感謝しているのです。

なんということでしょう。

原因不明の難病にかかって、手足の機能を次第に失っていく人が、です。

視力も失い、声もかすかにしか発することができなくなった人が、です。

普通なら戸惑い、悩み、泣き、叫びながら、

「なぜ、私がこんな病気になるのですか?神様、どうして私をこんな目に会わせるのですか?」

と書きつづってもおかしくありません。

不平不満を並べ立て、神を呪っても不思議ではありません。

しかし、彼女が言ったのは、
「Thank You for everything. あらゆることを本当にありがとう」
です。

なぜ彼女は病気を受け入れ、神に感謝し、「自分はとても幸せだ」と思うことができたのでしょうか。

そのことを考えるために、以前にもご紹介した彼女の言葉をもう一度書きます。

「神様は、私をこんなにも幸せに生かして下さっている。

人の目には価値なき者に見えるかもしれない私でも、神に愛されていることを知っているから、こんなに幸せ。

神様が全ての人をどんなに愛し、一人残らず皆の幸せを望んでおられるかを伝えたい。

神は存在そのものであり、命そのもの、愛そのもの。

だから、人間は皆一人ひとり、その神の愛に応えなければならない。
真剣に愛をもって生きぬくことによって。

そのことを伝えられたら、私は生まれてきた甲斐がある。
生きてきた甲斐がある。病気を受け取った甲斐がある。
そして、阿南慈子である甲斐がある・・・・・。」

(阿南慈子著『神様への手紙』PHP研究所)

彼女は病気によって多くのものを失った代わりに、それ以上に素晴らしいものをもらっていたのだと私は考えています。

目には見えないけれど、多くの人々を幸せにできる素晴らしいものを・・・。

その素晴らしいものが、阿南さんの心に満ちあふれ出て、彼女の言葉を通して、多くの人を元気づけ勇気づき癒していくことになりました。

阿南さんは、神様がどれだけ人間ひとり一人を愛しているかを伝えるために、特別に選ばれた人だったのです。

彼女自身も、それを自分に与えられた仕事だと考えていたのです。

「Thank You for everything. あらゆることを本当にありがとう」

私も自分の日常生活を振り返り、この言葉を繰り返りてみたいと思います。

辛いとき、苦しいとき、もうダメになりそうなときでも・・・

「Thank You for everything. あらゆることを本当にありがとう」