いい話

「まぼろしの邪馬台国」(宮崎康平氏と妻、和子さんの生き方)

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「貧の妻は真の妻なり」

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先日、長崎県立図書館に行ったら、「宮崎康平展」をしていました。

宮崎康平氏は、長崎県島原市の人。

昭和42年の大ベストセラー「まぼろしの邪馬台国」で有名になった盲目の作家・詩人・実業家です。

「島原の子守唄」の作者でもあり、さだまさしさんの恩人でもあります。

現在、おこなわれている「宮崎康平展」は、吉永小百合・竹中直人主演、映画『まぼろしの邪馬台国』制作を記念してのことのようです。

「宮崎康平展」の展示物を見てまわると、この人は、本当にすごい人だったと感動しました。

島原鉄道で働く宮崎康平氏は、昭和25年過労のため33歳にして失明。

「なぜ自分だけが失明の宿命を負わされなければならないのか、暗闇の招待状を受け取った私は、世を恨み、身の不遇をかこちながら明け暮れていた。」

と心境を語っています。

しかし、昭和32年、宮崎康平氏は、水害による鉄道復旧の際に土器の破片を見つけたのを機に、以前からあこがれていた邪馬台国の探求を始めます。

けれども、それは盲目の康平氏ひとりでは決してできないこと。

康平氏を支えたのは、妻の和子さんです。

目の見えない夫に、和子さんは「魏志倭人伝」「日本書紀」「古事記」などを繰り返し読み聞かせ、立体地図を作ってあげます。

そして、白い杖をつく夫の目となり、九州各地を二人で調査の旅を続けます。

生活は苦しく、家財道具も売り払い、ついには借金生活に落ち込んだといいます。

そうして康平氏の口述を和子さんが書き留める共同作業で、夫婦の夢である「まぼろしの邪馬台国」を著していきました。

すさまじい情熱です。

こうして昭和42年、ついに『まぼろしの邪馬台国』は完成。

発売と同時に、本は大ベストセラーとなり、日本中に邪馬台国ブームを巻き起こすことになるのです。

夫婦で作り上げた夢の本は、第1回吉川英治文化賞に輝きます。

宮崎康平氏が晩年好んで色紙に書いた言葉に

『貧の友は真の友なり』という言葉がありました。

「貧しい時の友達こそが本当の友達だ」という意味ですが、

「自分が恵まれない時に、困っている時に、自分のそばを離れないで、そばに居てくれた友達を大事にしなさい。」

というつもりで書いたのでしょうか。

康平氏が、順境のときも逆境のときも、ともに居てくれたのは妻の和子さんです。

康平氏は和子さんには、「貧の妻は真の妻なり」と感謝していたのでしょう。

ちなみに映画では、吉永小百合扮する和子さんは、こう言います。

 「あなたと過ごした毎日は、本当に幸せだった」

貧しく苦しくとも、ふたりで夢を追いかけて歩んだ人生は、

ふたりにとって幸せな日々だったのです。

 

  苦しくとも夢に向かって歩もう。

その道には幸せの花が咲いています。 (^.^)

出典:映画「まぼろしの邪馬台国」公式HP

ちなみに、さだまさしさんのお父さんと宮崎康平氏は大親友だったので、さださんは子供の頃から康平氏の家によく遊びに行ったそうです。

さださんのデビューのきっかけは、康平氏のおかげ。

大ヒット曲「関白宣言」は、康平氏と和子さんがモデルだそうです。

宮崎康平氏が亡くなった後、さださんは康平氏のことを歌いました。

その歌は「邪馬臺」(やまたい)です。

歌の内容は、前半が康平氏がさださんに『邪馬台国』の話を語る情景が回想として、

後半は康平氏が小さな船に乗って静かに海を見ているシーンと卑弥呼が康平氏を抱きしめている夢を見たことが歌われています。