いい話

「世の中で自分が一番不幸」な少女の転機(アグネス・チャン〉

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

「自分が一番不幸」な少女の転機

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

前に、歌手・教育学博士のアグネス・チャンさんの講演を聴いたことがあります。

彼女はカトリック信者で、教会でたまに講演をされるのです。

その時に聴いたことと本で読んだことをもとにご紹介します。

アグネス・チャンさんは、香港の中産階級の家庭で6人兄弟の4番目として生まれました。

意外にも、子どもの頃は、落ちこぼれ、しかも自分のことが大嫌いだったそうです。

というのは、幼い頃から優秀な姉たちといつも比較されたからです。

後に女優となった長女は、誰もが認める美少女。

医者になった次女は、学校でいつも成績一番。

三女のアグネスさんは、平凡な子でした。

周囲からは、二人の姉と比べられるために、いつも劣等感をもち、勉強も何もやる気がなかったそうです。

おまけに風呂に入るのも嫌だったので、3週間も入らなかったことがあったとのこと。

「自分が世の中で一番不幸だ」と思い込んでいました。

そんなアグネスさんが変わったのは、ミッション系の中学に入学して始めたボランティア活動でした。

両親のいない子。

足がなくて地面を這う子。

生ゴミをあさる子・・・。

そんな子たちの世話をするうちに、自分も人の役に立てることが分かります。

「ちょっとした努力で喜んでくれる人がいる。自分がどう思われているかなんて、どうでもよくなりました」

と、語っています。

歌手デビューは、そのボランティア活動でおこなっていたコンサートでスカウトされたがきっかけでした。

香港で人気がでると、日本で17歳のとき、「ひなげしの花」で鮮烈なデビュー。

大成功をおさめました。

ところが突然、引退宣言。

2年間、カナダ・トロント大学に留学します。

その後、日本にカムバックしたのですが、うまくいきませんでした。

彼女がやりたかったのは、難民を歌で励ましたり、貧困問題を社会に伝えるボランティア活動でした。

それが彼女の心の原点だったのです。

「メッセージソングを歌いたい」と主張する彼女と以前と同じアイドル路線を求める事務所とは、折り合わず、ついに仕事がなくなってしまったのです。

そのため精神的に追い込まれ、ストレス障害に・・・

歌うことをやめようと思う日々が続きました。

そんな彼女を救ってくれたのは、母の故郷の貧しい子どもたちでした。

母の故郷を初めて訪れるアグネスさんを歓迎するために、子どもたちは彼女の歌を何年も前から練習し、彼女の前で歌ってくれたのです。

その歌声に感激し、「歌をやめてはいけない」と彼女は決意します。

そして、日本に帰り、再び仕事を始めました。

地方のスーパーマーケットへ出かけ、1日3回、大根やトマトの前でも歌いました。

そんな仕事の合間に、ライフワークであるボランティア活動も続けました。

子どもが生まれると、子連れで芸能活動を続けたので、

「子どもを産んだら引退すべきだ」
「子どもを職場に連れてくるなんて仕事軽視だ」

と、世間からバッシングを受けた時期もあります。

それでも、彼女は仕事を続けます。

ほぼ同時期に3人の子を生み育てました。

ボランティア活動も続けています。

現在、日本ユニセフ大使として世界中にでかけ、大学教授としても幅広く活躍中です。

彼女のこの活動のエネルギーの原点は、中学生のときに体験したボランティア活動にあると思います。

「世の中で自分が一番不幸だ」「自分が嫌いだ」と思っていた少女が、人に役立とうとすることで変わりました。

自分も人に喜んでもらうことができる、人を幸福にできる存在だと気づいたです。

 

 人のために何かをして喜んでもらおう。

あなたも人の役に立ち、人を幸福にできる存在です。(^.^)

【出典】産経新聞文化部編『わたしの失敗 2』