いい話

ハイジャックされた飛行機で人生の転機(日野原重明)

真剣に自分の生き方を考えるとき

あなたは、自分の死を強く意識したことがありますか。

このままでは自分は生きていられない、死んでしまう、というピンチに陥ったとき、人は真剣に自分の生き方を見つめ考えるのです。

2017年7月に亡くなった日野原重明氏の話です。

ご存じのように、日野原氏は100歳を過ぎても現役の医師を続け、高齢者が活躍できる社会のあり方などに提言を続けてきた人です。

日野原氏には、59歳のとき、生き方を180度転換させた事件がありました。

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生か死の瀬戸際で

1970年、赤軍派によってハイジャックされた旅客機よど号に、日野原重明氏も、乗客の一人として乗っていたのです。

ここで自分の人生は終わるかもしれないという状況で、日野原先生は二つのことを思ったと言います。

一つは、心の師であるオスラー医師が唱えていた「平静の心」のこと。

もう一つは、新約聖書の一節(マルコ 4章35―41節)です。

イエスが弟子と共に船に乗っているとき、嵐に襲われました。

が、イエスが「恐れるな。波よ静まれ」と言われると、凪になり、弟子たちの心を鎮めた場面でした。

医師はどんな時にも沈着冷静でなければならない、そうなるようにしてくださいと日野原先生は祈っていたのです。

そんな時、機内の人質をなだめるためか、犯人たちは読書用に本を貸してやると言い出します。ひとり日野原先生は借りました。

何気なく選んだ本は、学生時代に読んだドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。ページ目をめくると、ヨハネの福音書の一節(12章24節)が出てきました。

「一粒の麦、地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。もし死なば、多くの実を結ぶべし」

人間は死んだ後に実を結ぶ、この本はそういうことがテーマだったのかと驚き、これを読んでいれば、心の平静を保てると思ったそうです。

生死の行方が定まらないまま、機内に人質として拘束され、やっと4日後に北朝鮮の金浦空港で解放されました。

飛行機のタラップを降り、大地を一歩踏みしめた時、日野原氏は生涯忘れえぬ強烈な感慨を抱きます。

いのちは与えらえたもの

「自分のいのちは与えられたものだ」

その経験が、日野原氏の生き方を180度変えます。

業績を上げて有名な医師になる。そういう生き方は、もうやめた生かされてある身は自分以外のことにささげよう。自分中心ではない、もっと外に向いた、人のためになる生き方に転換したい

と強く思うようになるのです。

生き方の大転換

以来、日野原先生はその生き方を貫きます。

100歳を超えても現役の医師として、患者や家族と向き合い、健康で豊かな老いのあるべき姿を追求し体現してきました。

その姿にどれだけ多くの人が励まされてきたことでしょう。

結果的に、業績を上げて有名な医師になったのですが、日野原先生の目指した生き方は、自分中心を捨て、人々に奉仕することでした。

人生をスポーツにたとえて

日野原先生は、人生はマラソンよりもサッカーだと考えていました。

サッカーの場合、前半と後半の間にハーフタイムがあり、そこで、前半の戦いを顧みて、作戦を変えることができます。

人生でも、人は60歳になるとふつうは仕事を引退します。
その後は、後半と言っていいでしょう。

それから先は、前半の人生とは違う新しい人生が待っています。

どのように生きていくかと考え、新しい生き方をしていくことができるわけです。日野原先生自身も、60歳の手前が人生の転機だったのですからね。

また、人生を野球にたとえることもありました。

「野球では、たとえ8回まで負けていても、9回で逆転すればハッピーセットを迎えることができます。人生はまだまだ上向きになります。終わりよければすべてよし、と考えましょう。」と。

人生の後半は、60歳からだとしても、人生の最終回は、いつになるか、わかりませんね。

103歳の日野原重明氏の講演を聞いたときの、感動を覚えています。

講演の最後に、「前進、前進、前進!」と鼓舞する言葉をいただいたとき、大きな力を得ました。

100歳を超えても精力的に仕事をし、まわりの人に仕え、思いやり、自ら前進し続けていた人に出会えたのは、心の財産となっています。

日野原先生のように長生きできるかどうか、定かではありません。

でも、それまで辛いことの連続でも、最終回に逆転できるチャンスはあります。

最終回に逆転できる言葉があります。

最終回に逆転できる言葉

日野原先生の最期の言葉は、まさにその言葉でした。

「ああ、いい人生だった。すべてに感謝します。ありがとう。」

最後を感謝で締めくくれば、これまでのすべてが肯定され、報われるのです。

いま、あなたは辛く苦しい状況にいるかもしれません。

けれども、人生はまだ終わったわけでありません。
これから先がまだまだあります。

辛い出来事や経験は、これまで自分を振り返り軌道修正するために役立つのです。

これからの生き方の作戦を練り直し、戦い方を変えられます。

日野原先生のように目的も変わるかもしれません。

自分のため、だったのが、人にため、になるかもしれません。

目的や作戦が変わると、新しい人生が開けてきます。
生きるのが楽しく面白くなってきます。

生き方を変えるヒントは、読んだ本の中にもあります。

気づいて、つかんだものを実行すれば、あなたの人生は着実に変わっていきます。

【出典】『死を越えて 「生きかた上手」の言葉150』日野原重明(著)
2011年11月13日 「読売新聞」・2017年7月19日「読売新聞」