いい話

あなたも自分の花を咲かせることができる(すみれの話から)

▼次にご紹介するのは寓話ですが、賢明なあなたはこの話から大切なことに気づき、人生の真実を学び取るでしょう。

あるとき、神様が庭に入ってみると、神さまが植え育てられた草木たちが、今にも枯れそうにしおれているのを見ました。

神さまは、そのわけを尋ねました。

すると、ツツジは「私は松のようにもっと背が高くなりたいと悩んでいるのです」と、元気なく答えました。

松の木は、「私は葡萄のように甘い実を結びたいのです」と悲しんでいました。

葡萄の木は、「私は、杉のようにもっとまっすぐに立ちたいのです」と不満をもらしていました。

庭のすべてが、そんな有様だったのです。

最後に神さまは、路肩で小さな花をつけているスミレをみつけました。

このスミレだけは不思議に元気よく、輝いて花を咲かせているのでした。

神さまはうれしなって、スミレに話しかけました。

「やあ、スミレ、お前だけは元気でいてくれてうれしいよ」

スミレは答えました。

「はい、神さま。私は取るに足らぬ小さな花ですけれど、あなたは小さなスミレの花を見たくて、私を植えて下さり、最高のお世話をしてくださっています。

わたしはわたしにいただいた恵みを大切にして、スミレであることを喜び誇りながら、花を咲かせていこうと思うのです」

という話です。

▼この話はこれで一応、完結しているのですが、スミレの言葉の続きを考えてみました。

ちょっと長いですが、スミレの気持ちです。

「これまでいろいろ、ありましたが、私はスミレとして生まれてきてよかったです。

私は松さんのように背が高くありません。

葡萄さんのようにみんなが喜ぶ甘い実もつけません。

杉さんのようにまっすぐ立つこともできません。

道端のすみっこの地面すれすれに目立たずにいると、ときどき踏んづけられることがあります。

痛い思いをしても、ほとんど気づかれないので、謝ってくれる人も慰めてくれる人もいません。

以前は、そんな自分を哀れに思うことがありました。

嫌に思うこともありました。

でも、私は私以外のものにはなれないことに気づいたのです。

私はもう他の草木のようになりたいとは思いません。

私は私のままでいいのです。

私のままがいいのです。

小さな私のためにも太陽は光を注ぎます。

目立たない私のためにも空は雨を降らせます。

私の周りにはおいしい空気がふんだんにあります。

それがどんなに有難いことか、恵まれたことか、私にはわかってきたのです。

私が花を咲かせると、喜んでくれる人がいるのも、うれしいことです。

私にしか咲かせることのできない花だということもわかってきました。

ときには、私のかたわらで足を止めてひと休みする人もいて、びっくりすることもあります。

「山路来て 何やらゆかし すみれ草」(松尾芭蕉)

なんて、句を詠む人もいました。(笑)

私も誰かの役に立っているんですね。

私はスミレに生まれてきて幸せです。

弱くても小さくても、自分の置かれた場で、私なりに一所懸命がんばって花を咲かせます。

きれいな花を咲かせます!

読者のみなさん、私の気持ちを聴いてくれて、どうもありがとう。(笑)」

 

 

あなたも、他の人とは違うただ一人の存在として生まれてきました。

人とは違うゆえに弱さを感じるときがあっても、その弱さの中に神さまの恵みは注がれています。

あなたがあなたとして生きるために十分な恵みがあります。

あなたも自分のきれいな花を咲かせることができます。

スミレのお話から、何かいいヒント、見つかりましたか? (^.^)