いい考え方

困難な問題を解決するため自分にどんな質問をすればいいか?

 

「世の中には福も災いもない。ただ考え方でどうにでもなるものだ」(シェイクスピア)

『心のチキンスープ 愛の奇跡の物語』という本に次のような話が載っています。

あるとき、カナダのバリーという町が竜巻に襲われた。

数十人の人々が亡くなり、被害額は何百万ドルにものぼった。

私は日曜日にセミナーを終え、帰る途中でその町バリーを通りかかった。

ハイウェイの途中で車を止め、外に出てみると、家という家はつぶれ、車という車はひっくり返り、見渡す限り瓦礫の山だった。

その夜、テレメディアという放送会社のボブ・テンプルトンもやはり同じハイウェイを走っていた。

彼も私と同じように被災地で車を止め、被害の酷さを目の当たりにした。

しかし、たった一つ違っていたのは、彼はそのとき、ある計画を思いついたことである。

テンプルトンは、オンタリオとケベックにラジオ放送権を所有する放送局の重役をしていたので、その放送局を通して何らかの形で、被災者達を援助できないかと考えたのだ。

その週の金曜日には、さっそく自分の考えを実行に移そうと重役会議を開いた。

会議室のボードには、3という数字が3つ横に並べて大きく書かれていた。

会議は、この数字の意味の説明から始まった。

「バリーの被災者を救済するために、募金を300万ドル集めたいんだ。今から3日以内にその準備を整え、3時間でその金額を達成するなんて案はどう思うかね?」

会議室はシーンと静まり返った。

その沈黙を破って、誰かが口を開いた。

「テンプルトン、本気かい?そんなことできるわけがないじゃないか!」

テンプルトンは言った。

「いや、ちょっと待って。僕はできるとか、しなくちゃいけないとかは言って
いないよ。ただ、君達がやってみたいかどうかを、聞いただけだよ」

「もちろん、やってみたいよ」と重役達は声を揃えて言った。

そこでテンプルトンは、掲示板に書いた数字の下に、英語のTを大きく書いた。

Tの右側に「なぜできないか?」、左側に「どうしたらできるか?」と書き込むと、さらに「なぜできないか?」と書いた上に大きく×印をつけた。

彼の説明が始まった。

「僕はね、右側の『なぜできないか?』なんてことを、とやかく議論する気は少しも無いんだ。

時間の浪費に過ぎないからね。
そこで、左側の『どうしたらできるか?』の下に、皆のアイデアをどんどん書き込んでいく。

プロジェクトを実現させるための具体案がまとまるまでは、この部屋から出られないと覚悟してもらいたい」

部屋にはまた沈黙が流れた。

(中略)

だが、この頃になると、素晴らしいアイデアが次々に出された。

この会議が開かれたのは金曜日だったが、翌週の火曜日には待望のラジオマラソンが幕を切って落とされた。

カナダ全域にある50のラジオ放送局が協力し、夢のイベントが実現したのだ。

この素晴らしいアイデアが誰によって考え出されたかといった事は、一切問題ではなかった。

重要なのは、被災者達のために募金を集める事だった。

こうして、週末を除くとたった3日間の準備期間で、ハービー・カークとロイド・ロバートソンをショーの司会者として登場させるまでにこぎつけ、計画通り3時間で300万ドルの募金を集める事ができたのだ!

これでもうおわかりのことだろう。

そう、できない理由を探し出すのではなく、どうやったらできるかを考え全力で取り組めば、どんなことでも可能になるのだ。

ジャック キャンフィールド他(著)『心のチキンスープ 愛の奇跡の物語』より

▼さて、この話のように、ピンチのとき、自分の目標や夢を前にして

 「なぜできないか?」

と自分に問い、できない理由を並べても何も解決しません。

しかし、同じ状況で、

「どうしたらできるか?」

と前向きに問うと、その方法やアイディアを思いつき前進できるものです。

▼谷原 誠 著『人を動かす質問力』という本を最近読んだのですが、同じようなことが述べられていました。

弁護士を仕事とする著者がつきあいのあった社長さんの話です。

経営に失敗して自殺してしまった社長さんと見事に復活を遂げた社長さんがいました。

その違いは何だったのか?

「それは自分への質問です」と著者はコメントしています。

自殺してしまった社長さんは、

「なんで俺だけがこんな目にあわなきゃならないんだ?
・・・もうどうしようもない。・・・もうおしまいではないか?」

とネガティブに考えていたそうです。

しかし復活を遂げた社長さんは、

「この負債を返済するには、どういう方法があるのか?
いつまでにいくらずつ返済していけばよいのか?
誰に相談すれば解決のヒントをくれるのか?」

とポジティブに考え、自分に質問していたのです。

▼確かに質問は、人を動かします。

教師の発言は、質問(発問)、指示、説明の3つの大別されますが、

そのうち最も重要視されるのは、質問(発問)です。

質問(発問)の仕方で、人の動き方は全然変わるのです。

ただ、人にどんな質問をするかということも大切ですが、

自分にどういう質問をするか、ということも極めて大切なことだと改めて思いました。

▼自分を元気にする質問って、あるはずです。

「どうすればできるのだろう?」

も、その一つです。

わたしは、

「この件に関して、自分には何が求められているのだろう?」

と自問すると、前向きになれます。

たとえ不利な状況であっても、困難があっても、自分に起こることには何か意味があるはずです。

「この状況で、自分には何が求められているのだろう?」

そう考えると、道が開けてきます。

自分に「どうすればできるか?」と質問しよう。(^.^)

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【出典】
ジャック キャンフィールド他(著)『心のチキンスープ 愛の奇跡の物語』

谷原 誠 著『人を動かす質問力』両方とも、とてもよい本です。