いい本

今日、今この時から自分は幸せだと気づく考え方

今日もいいことないな、自分ってついてない、不幸なのかな

そんなふうに思うときに、読んでほしいです。

不幸は当たり前?

「『不幸が当たりまえ』だと思えば、どんなことも幸せ」

衛藤信之著『今日は、心をみつめる日。』より

衛藤信之さんは、日本一顧問企業数の多い、人気心理カウンセラーとして
活躍する方です。

衛藤信之著『今日は、心をみつめる日。』は、とても良い本です。

きっと多くの気づきと学びがあるでしょう。

1つのアイディアをご紹介します。

最初に、ある会社のトップセールウーマンの女性の深いお話が出てきます。

この女性は、ふつうのおばさんのように見えて、仕事がよくでき、まわりの人からも母親のように慕われる謙虚な人です。

その女性が穏やかな笑みを浮かべながらこう語ったというのです。

「私の母はよく、『1年に3日だけでもいいことがあったら、その年は最高の年だよ』といっていました。

その母に育てられた私も、『生きるのは苦しいのが当たりまえ』と思って生きてきました。

ですから3日いいことがあれば、残りの362日がたとえつらく苦しい日でも、私は、十分、幸せだって・・・」

私もこの女性やお母さんの生き方に感動しました。

毎日辛いことや嫌なことがあっても当たり前と考えていれば、平凡な日、平凡なことにも幸せを味わうことができます。

幸せなのが当たり前?

けれども、もしかすると、私たちの多くは逆に、「幸せなのが当たり前」だと思っていないでしょうか。

お金を出せば物が買えるのは当たり前。

時間通りに電車が来るのは当たり前。

ごはんを食べられるのは当たり前。

子どもが言われたことをするのは当たり前。

健康で当たり前。

家族がいて当たり前。

そんなふうに何でも当たり前と思っていると、その状態でなくなったとき、イライラしたり、自分は不幸だと思ったりします。

本当は、いまこの状態にも、感謝できることがあると私は思うのです。

感謝すれば幸せ?

お金を出せば物(たとえば服)が買えるって有難いことです。

もし自分で作れば、その何倍ものお金や時間がかかります。

数分遅れても電車が来るのは有難いことです。

だいたい自分が電車を動かすことなんかできないんです。

一日三食、ごはんが食べられるもの有難いことです。

今日も、食べ物を口にできないで餓死する子どもが世界にはいるんです。

親の言うこと聞かない元気な子どもがいるのも有り難いことなんです。

世の中には自分の子どもを早くに亡くしてしまった親も多いんです。

多少痛いところがあっても体があるのは有り難いことなんです。

まったく機能しなければ死を迎えるだけです。

愛する家族がいるのは有り難いことなんです。

もし明日、その家族の誰かが死んでしまうならば、どう思うでしょう?

何億円払ってでも、その命を取り戻したいと思うかもしれません。

自分が身代わりになってでも助かってほしいと必死に願うかもしれません。

そう考えると・・・

いま、この状態で、私たちは十分に幸せなのではないでしょうか。

いまこの状態に何億円もの価値がある。

そう思えないでしょうか。

たとえ何か少し欠けるものがあったとしても・・・
たとえ何か思い通りにいかないことがあったとしても・・・

実は、いま、それ以上に豊かなもので祝福されているのではないでしょうか。

最初の言葉に戻ります。

「『不幸が当たりまえ』だと思えば、どんなことも幸せ」

たとえ不幸だらけの世の中でも、自分の考え方を変え、心を磨いていけば、日常生活の中に、たくさんの幸せを見つけることができると思うのです。

日常生活の中に、多くの幸せを見つける。(^.^)

【出典】衛藤信之著『今日は、心をみつめる日。』とても良い本です。