いい言葉

折れない心を育てる言葉(キューリー夫人、古賀稔彦、北原照久)

紹介する言葉は、偉人や賢人の言葉・名言・格言など、きっと心に響き、そして心の糧になる言葉です。

ちょっとした空き時間や待ち時間に、スマホなどで読めるように短い解説を加えています。

これらの素晴らしい言葉にふれ親しむことで、あなたは自分の心に生きる勇気と希望をきっと見出すことでしょう。

キューリー夫人の言葉

天から与えられている何ものかに

ぜひとも到達しなければならない。 

 キューリー夫人(マリー・キューリー)1867~1934

物理学者・化学者(ノーベル物理学賞・ノーベル化学賞受賞)

キューリー夫人は、愛する夫ピエールとともに、侵食を忘れて研究し、ラジウム、ポロニウムを発見した偉大な科学者です。

キューリー夫人が交通事項で亡くなった後も、学問にたいする姿勢は晩年に至るまで変わりませんでした。

その姿は、自然の神秘に胸をときめかせる無邪気な子どものようであったそうです。

そうして彼女は、放射物質が体におよぼす危険を感じながらも、自らの命をささげるかのように、研究を重ねていきす。

キューリー夫妻が発見したラジウムが病気を治すのに大変有効であることがわかると、多くの人々がラジウムに関心を持ち始め、特許権が問題になりました。

そのとき、キューリー夫人は、科学者の発見したものはすべての人が利用できるようにすべきであると考え、研究の成果はすべて公表したそうです。

そんな彼女に2つのノーベル賞が与えられました。

 

古賀稔彦の言葉

あきらめからは決して何も生まれない。

古賀稔彦 1967~

柔道家・バルセロナ五輪金メダリスト

古賀稔彦選手は、「平成の三四郎」と呼ばれるほど、芸術的な一本背負いをする柔道家です。

ところが、バルセロナオリンピック本番を10日後にひかえて、練習中にひざに大ケガをしてしまいます。歩くのに一か月、柔道をするには一年かかると言われました。

しかし、古賀選手はあきらめませんでした。

「こういうピンチのときにこそ、勝たなければならない。それが真の武道家だ」

絶体絶命のピンチにあい、逆に武道家としての闘志が燃え上がったのです。

試合になると、古賀選手は初めから片足を引きずりながら戦いました。

それでも、一人、また一人と倒していったのです。

決勝戦は、判定にもつれこみました。古賀選手の勝ちを示す旗が上がった瞬間、古賀選手は、両手を広げ、泣くような顔で雄叫びをあげました。

「ウオッー!」

この場面は日本中に大きな感動を与えたものです。

どんなにピンチでも前向きに戦いぬいた古賀選手に惜しみない拍手がおくられました。

 

北原照久の言葉

三冠王という言葉がある。

僕は「感動・感激・感謝」

三つの感の字をあわせた「三感王」を大切にしている。       

北原照久 1948~

ブリキのおもちゃ博物館館長

北原照久さんは、世界的に知られるブリキのおもちゃコレクターで「ブリキのおもちゃ博物館」の館長さんです。

北原さんは、自分がおもちゃを集め、好きな道を歩んでこれたのも、ひとえに自分の周りの人がそれを理解してくれたおかげだと言います。

人間は自分ひとりで生きているつもりでも、親のおかげで命が与えられ、たくさんの人のおかげでその命は支られています。

ですから、「感謝」できることって、実はたくさんあるのです。

「すごい!」と感動できる心、「嬉しい!」と感激できる心を大切にしている北原さんは、少年のようにキラキラした瞳をしています。

私たちも生きていれば、必ず、素晴らしいもの、素晴らしい人に出会います。

しなやかに感じる心をもっているのであれば、より多くの素晴らしいもの、素晴らしい人に出会えるのです。

【出典】北原照久著『夢はかなう きっとかなう』(一季出版)