いい話

「100の診療所よりも1本の水路を!」中村哲医師

アフガニスタン復興のために尽力されている中村哲(なかむらてつ)医師の講演会があり、行ってきました。

中村哲氏は、当時まもなく71歳になろうとする小柄な老人でした。

顔は真黒に日に焼けて、きさくな土木工事のおじさんという感じの人です。

それもそのはず、アフガニスタンでは中村氏自らが工事現場に入って働いてきたのです。

掘った井戸は1600本。(16本の間違いではありません)

拓いた用水路は、27キロ。(27メートルの間違いではありません)

もちろん一人でしたわけでなく、中村氏の仲間と現地の人たちです。

その先頭に立って、中村氏は活動してきたのです。

ところで、治療のために現地へ赴いた日本人の医者が、なぜ、このような活動をしてきたのでしょうか?

治療よりも、土木工事がしたくなったのでしょうか?

では、その経緯をお話しします。

 百年に一度の大干ばつ

中村氏は1984年から、当時のソ連と紛争状態にあったパキスタンに医療支援を行っていました。

同じく戦火と干ばつに悩まされる隣国アフガニスタンには、医師のいない小さな村が存在することを聞き、一九八九年に戦乱のアフガニスタンに支援に入ったのです。

一九九一年には、アフガニスタンの山岳地帯に初の診療所を設立

次々と国内の小さな村に診療所を作っていきました。

しかし、2000年の夏、不幸にも百年に一度という大干ばつがこの地を襲いました。1200万人が被災し、400万人が飢餓に苦しんだと報道されています。

アフガニスタンは、もともと年間降雨量は、わずか二百ミリの砂漠地です。

加えて、大干ばつのため、農作物は育たず、食べ物がないので、人は栄養失調になっていきました。

病気になって人が次々とやってきますが、診療は、困難を極めました。

日本では簡単に治るような皮膚炎でも、清潔な水が手に入らないために、治療には限界があったのです。

「アフガニスタンは、貧富の差が激しい国。病気になったら、東京、ニューヨーク、ロンドンに飛行機を飛ばして治療してもらうことができるような富豪がいる、一方で、数十円も支払うことのできない国民は人口の99.9パーセントです。満足な医療も受けられないまま死んでいく人は数知れない

と中村氏は話します。

政治的な理由から、この国を救う国際援助は今もありません。

2000年当時、診療所の周りから村という村が消えていきました。

村人が誰もいなくなってしまうのです。

犠牲になるのは、幼い子どもが多く、その多くが胃腸の病気のために、激しい下痢に見舞われ、命を落としていくのです。

 水を求めて井戸を掘る

こうした状況から水を確保したいと思い、水源を求めて2000年8月ごろから枯れた井戸の再生を始めました。

電気が通っていない地です。日中は、50度を超える灼熱の砂漠です。

土を掘る道具は、スコップとツルハシくらいありません。

けれども、四、五年後には、国内に千六百カ所の水源を確保することに成功し、数十万人の村人が現地で生活することが可能になりました。

一方、2001年9月11日には、ニューヨークで同時多発テロが発生。

翌日から米国内の世論はアフガニスタンへの報復攻撃を支持しました。

テロとは関係のない村や村人たちも犠牲になりました。

「今、アフガニスタンに必要なのは爆弾ではなく、水と食料だ」

と主張しましたが、大きな声にはならず、今に至っていると言います。

「百の診療所よりも一本の水路を!」

中村氏は、飢えと渇きは医療では治せないことを痛感し、「百の診療所よりも一本の水路を!」と活動を始めます。

砂漠を掘って、用水路を作り始めたのです。

少しずつ少しずツルハシとスコップを握って…。

2003年に建設を始めた用水路は、現在では27キロに及び、3500ヘクタールの土地がその恩恵を受けています。

樹木や果物、野菜を植え、食料を確保することができるようになりました。

「これで、われわれは生きていける」と用水路のまわりに村が復活しました。 

こんなにスゴイことをされてきた中村氏ですが、まったく偉そうなところはなく、実に謙虚で誠実な人柄です。

この事業は自分がおこなったのではなく、「私たち」がおこなったこと。

「私たち」というのは、現地で働いている多くの人たち、それから、日本から金銭的に支援してくださっている人たち、だと言われていました。

 良心に従って行動する

講演の後、会場からこんな質問がありました。

「中学生に中村先生の本を紹介するにあって、何か言葉をそえたいと思うのですが、何か先生のお言葉をお願いします」

それに対して中村氏は言われました。

「いやあ、私はそんなに偉いもんじゃないです。ただ、子どもの頃、暗記させられた論語の『義を見てせざるは勇無きなり』は、心にかけてきました。

私たちがアフガニスタンでしたようなことを、誰もがするように求められているとは思いません。

ただこの日本の日常生活で、誰もが「人として行うべき」ことに出会います。

そのとき、自分の良心に従って考える。

たとえば、友達がいじめられているとき、どうすればいいか。

たとえば、お母さんが病気の時に、どうすればいいか。

そのときどきに、自分の良心に従って行動する。

そういうことを私たちはみな、求められているのだと思います」

はい、本当にその通りです。

私も、日常生活の中で良心をもって行動することを教えられました。

【参照】中村哲著『天、共に在り―アフガニスタン三十年の闘い』

中村哲さんの大分市での講演 2017年8月20日