自分はこんなにも怒りっぽかったのかと自覚したのは、大学卒業後、小学校の教師になったときでした。
授業中に子どもたちが騒がしいと、大声で怒鳴りました。言うことを聞かないと、厳しく何度も叱りまくりました。
当然ながら、子どもたちはいっそう騒々しくなり、ソッポ向いたり反発したりするのですが、当時の私はどうしたらよいのかわからず、イライラし、疲れて果てていました。
そういうときに、出会ったのが、八木重吉の「草にすわる」という詩です
草にすわる
わたしの まちがひだつた
わたしのまちがひだつた
こうして 草にすわれば それがわかる
一人で、この詩を声に出して読んでみると、不思議に心が落ち着いてきたものです。
なぜでしょうか。「草にすわる」ことの静けさ。日常生活の雑事から離れ、地に生えた雑草の上に腰をおろし、しばし時を過ごすこと。
自然に抱かれ、その中のひとつの命である自分をみつめること。この短い詩は、そんな穏やかな場所と時間へ私を連れていってくれるような気がしたのです。
当時の私にとって、「草にすわる」とは、「聖堂で祈る」ことでした。
長崎での二十三年間の教職生活中、子どもたちが下校した後、学校の聖堂で必ず祈ったものです。
祈りのなかで、自分を振り返ると様々なことに気がつきます。
たとえば、子どもたちに対して厳しく叱りすぎたのは、自分の感情を押さえ、理解を示す配慮が欠けていたから。
たとえば、授業がうまくいかなかったのは、日頃の勉強や前日の準備を怠っていたから。
たとえば、職員会議のときに自分の意見に固執したのは、自分こそが正しいと思い上がっていたから。
祈れば、自分の非を素直に認めることができました。
それでも、落ち込まなかったのは、至らない自分であっても、まわりの人に助けられ、許されていることにも気づかされ、感謝することもできたからでしょう。
寝る前のある習慣
それに、同じようなもう一つの習慣があったからだと思います。
大学生のときに、ある神父様から勧められて、今も毎日実践している習慣です。教師のときは、同じことを子どもたちや親しい友人にも勧めてきました。
それは、夜寝る前に一日を振り返り、今日一日を反省することです。
やり方は簡単。一例をご紹介しましょう。
寝る前に、静かな部屋で姿勢を正し、3分間、今日一日の自分の言動を振り返り、次のような黙想をするのです。
良かったことを一つ思い出して、「ありがとう」と感謝する。
悪かったことを一つ思い出し、「ごめんなさい」と謝る。
「明日、がんばろう」と思うことを一つ決めて、具体的な決心として手帳などに書く。
これだけです。別の言い方をすれば、日常の仕事や人との付き合いにおいて、感謝すること、反省すること、翌日に取り組むべき改善点を積極的に見つけていくのです。
ちなみに改善点(決心)は、いつも小さなことです。
「怒りながら発言してしまったから、イライラしているときは、深呼吸を三回して気持ちが落ち着いてから話そう」とか「感情的になって、○○さんに否定的なことを言ってしまったから、明日、謝ろう」とか、「明日は自分から先に挨拶しよう」とか。
そんな小学生でも考えそうなことを今でも決心することがあります。
振り返ってみるに、これらの習慣は私にとって、自分のマイナス感情を整え、前向きで積極的な行動に変えていくための効果的な方法でした。
そのおかげで、長く教師を続けることができましたし、現在の執筆や講演の仕事などもやっていけます。
実は、マザー・テレサも、日々の祈りの中で同様のことをしていました。
「祈らなければ、私は何もできません」と語っていたほど、彼女の活動に欠かせない大切なことでした。
「感謝し、反省し、決心すること」。さらに、「願い、行動すること」。私も、この習慣をこれからも続けていきたいと思っています。
詩の出典:『八木重吉詩集1秋の瞳』(筑摩書房)