いい話

高校ではレギュラーを外されたマイケル・ジョーダン(「NBAの神様」)

人生で何度も何度も失敗を重ねてきた。

だからこそ、私は成功したのだ。

マイケル・ジョーダン(1963~  アメリカ)

「NBAの神様」

 マイケル・ジョーダンは「NBAの神様」と呼ばれるプロバスケットボール選手でした。

15年間の選手生活で得点王10回、年間最多得点11回、平均得点は30.12点でNBA歴代1位、通算得点は32,292点で歴代5位。1990年代にシカゴ・ブルズを6度の優勝に導き、5度のシーズンMVP、6度のNBAファイナルMVP受賞しています。

 また、1984年のロサンゼルスオリンピックと、1992年のバルセロナオリンピックにおいてアメリカ代表(ドリームチーム)の一員として2度にわたり金メダルを獲得しました。

2009年にはバスケットボール殿堂入りしました。

高校ではレギュラーになれなかった

 ジョーダンは、ニューヨーク市ブルックリン区に比較的裕福な家庭の三男として生まれました。 

 少年時代の多くをノースカロライナ州ウィルミントンですごしました。兄にバスケットボールを教えてもらいますが、兄にはなかなか勝てませんでした。他に野球やアメリカンフットボールもプレーしています。

地元のE・A・レイニー高校に入学。入学時は背が低く、学校のバスケットボールチームでレギュラーに入れませんでした。

まったく期待されていない選手だったのです。

しかし、猛練習によって、この挫折を乗り越え、1年後にはチーム入りを果たしました。

その後は、大学、NBAへと進み、シカゴ・ブルズで輝かしいプレーをしていきます。

 特に滞空時間の長いジャンプをすることから、「エアー・ジョーダン」と呼ばれました。

プロ野球に挑戦

 そんな彼には、もう一つの夢は挑戦をした時期があります。

 1993年、父が強盗に殺される事件が起こり、ジョーダンはNBAを突然引退し、野球選手への挑戦したのです。

 野球選手は子どもの頃のもう一つの夢であり、父との約束でもあったのです。

 彼にとっては18歳以来の野球。

 初めは成績が悪かったのですが、地道に練習を重ね、実力を上げていきました。

 しかし、大リーグのストライキもあり、約2年でNBAに復帰することになります。

 その後は、シカゴ・ブルズを優勝に導いたり、得点王になるなど、また活躍しました。

成功につながる多くの失敗

 バスケットボールの世界では、天才、神様と絶賛されてきたジョーダンですが、実は数多くの失敗を重ねてきたと、ジョーダン自身が語っています。

 「9000本以上のシュートを外した。約300試合に負けた。試合を決めるウィニングショットを任され、26回外した。人生で何度も何度も失敗を重ねてきた。だから私は成功したんだ」

失敗をしても、恐れずあきらめず、挑戦し続けることで、彼は成功したのです。