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新聞コラム9「ハイと素直に言う心」「いつでも会える」

長崎市で教師だった頃、地元の長崎新聞のコラム「うず潮」に月に1度、3年間ほどエッセーを連載させていただいていました。

この得難い仕事を通して、私は文章を書くことにだんだん魅せられていきます。

当時は思いもよらなかったのですが、このエッセー連載を機に、教師をやめて、文章を書く仕事をすることになります。

その後、幸運にも本を何十冊も出版していただけるようになったのですが、ご紹介する新聞記事は、その原石となったのです。

トップの写真は、23年間勤めていた精道三川台小学校での授業中の写真。(ポスターより)

「ハイ」と素直に言う心  

 「学校で素直に先生が言われることを聞いてほしい」「家で親の言うことを聞き入れてほしい」そう子供に願わない親は、まずいないだろう。

 素直であれば、多くの人から多くのことを学べる。誰からも好かれる。人の意見に耳を傾け、自らを正すことも伸ばすことも容易になる。

 「経営の神様」と称された松下幸之助氏が「経営のコツは素直さにある」とまで言ったほど、大人にとっても大切な徳である。 

 では、どうすればこの素直さを身に付けることができるのだろう。まずは、「ハイ」というハッキリした返事をすることだと本校では指導している。

 学校では普通、小学校一年生が入学してきた最初の日から、名前を呼ばれたら「ハイ」と返事をするようにしつける。

 これは、人としての基本的なマナ-である。また、「ハイ」という返事は自分を素直にさせ、まわりの人を明るい気持ちにする大切な言葉だと教える。

 しかし、一度教えれば全員がいつもできるようになるものではない。教室で子供たちの身についたものにするためには、何度もほめたり、注意を促したりする根気のいる指導が必要である。いつも気持ちのよい返事ができるクラスなら、いわゆる「学級崩壊」など起こらないと私は思う。

 教育学者の森信三氏は「家庭教育の根本はしつけで、三つのことを徹底させればよい」と主張されてきた。この三つを簡略すれば、「挨拶」「返事」「後始末」である。

 このことは、心ある教育者たちに広く長く伝え続けられてきた。近著『学校の失敗』の著者としても知られる向山洋一氏は、学校教育においても大切なしつけだと言う。

 また、五千回の全国講演行脚で知られる社会教育家の田中真澄氏も社会人が仕事で認められる上でも大切な三原則だと説く。   

 気持ちのよい返事は人の心を素直にさせる。家庭や学校や職場を明るくし活気づけ幸福をもたらす。私自身、「ハイ」と言える心を持ちたいし育てたいと思う。   

   2000年1月8日「長崎新聞」

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いつでも会える      

 小学二年生のY君が日記に書いてきた。「きのう『いつでも会える』という本を読みました。‥‥‥ぼくはかんどうして、なみだがながれました」 

 どんな本かと思い持ってきてもらうと、菊田まりこという人が書いた小さな絵本だった。

 主人公は、犬のシロ。飼い主のミキちゃんがいて、シロはいつも楽しく幸せだった。ミキちゃんが大好きだった。

 ある日、その優しいミキちゃんのすがたが消えた。どうしてだろう。どこにいるのだろう。ミキちゃんに会いたい。シロは悲しみをこらえて捜し回る。しかし、ミキちゃんは、どこにも、見つからない。

 失意のシロは、ぐったりして目を閉じる。すると不思議なことに、ミキちゃんのなつかしい声が聞こえてくるのである。

 「シロ、シロ、もう、いっしょに、あそべなくなったね。いっしょにごはんもたべられなくなったし、あたまもなでてあげられない。でもね、そばにいるよ。いつでも、会える。今もこれからもずっと、かわらない」          

 この作品は一九九九年度のボロ-ニャ児童賞・特別賞を受賞している。子供たちに、死という非常にデリケ-トな問題を教えるためにもすぐれた絵本だと思う。

 この本を読んで思い出したのは、永井隆博士の体験である。永井さんは、大学生のころ、母親の臨終に立ち会った。その時の印象を『ロザリオの鎖』に書いている。 

 「私を生み、私を育て、私を愛し続けた母が無言で私を見つめたその目は、お母さんは死んでも霊魂は隆ちゃんのそばにいつまでもついているよ、と確かに言った」

 この母親の最期のまなざしが、永井さんの思想をすっかりひっくり返した。霊魂の存在と不滅を信じるようになり、人生の意味を真剣に考えるようにもなった。

 肉体は消えても、滅びないものが人間にはある。亡くなった方はすぐそばにいて、私たちを見守ってくださっているのだ。天国は遠くて近いのだ、と私も思う。  

    2000年2月4日「長崎新聞」