祈りとは、何でしょうか。
祈りとは、神様との対話です。
誰かと話しあったり、付き合ったりすることで、その人と親しくなれるように、祈りによって神様と親しくなれます。
友だちのようになれます。(尊敬できる先生の生徒・弟子のようにもなれます。敬愛する父親の子どもようにもなれます。)
そんな考え方をご紹介します。
祈りによって助けを求める
必ずしもというわけでありませんが、心から祈れば助けてもらえることがあります。
ちょっと極端な例ですが、マザー・テレサの例をあげます。
ある日、一人のシスターが、マザー・テレサーのところに来て心配そうな顔で言いました。
「マザー、金曜日と土曜日の分のお米がありません。このことをみんなに伝えた方がよろしいですか」
このままでは、二万人の人が、空腹のまま二日間、何も口にすることができません。
このようなとき、マザー・テレサのとる態度は決まっています。
神を信頼して、祈るということです。
「二日分のお米がなければ、大勢の人々がお腹を空かせてしまいます。今、飢えて動けない人もいます。 私は食べられなくてもかまいせん。どうか貧しい人々に必要な食べ物をお与えください」
このように一生懸命祈り、他の人にも祈りを頼んだのだと思います。
神様はそのような祈りを聞き入れてくださいます。
金曜日の朝九時、不思議なことが起りました。
予告もなしに、何千個ものパンを積んだトラックが到着したのです。
その日、なぜか政府の意向で学校が休校になり、学校で配られるはずのパンが、すべてマザーたちのもとへ運ばれてきたのです。二日分の食料不足は、これで解決しました。
ある人は、これを偶然だと思うでしょう。
でも、マザー・テレサに偶然はありません。神様が助けてくださったと確信していました。実際に、このような助けはマザー・テレサにはよく起こったのです。
日々、助けられていることに感謝する
祈り求めれば、私たちも、もちろん助けてもらえます。
実際は、すでに毎日、助けられ守られているのですが、祈ればそれが実感できます。
そして、もっと助けてもらえるようになります。
では、どうやって?もっと助けてもらうにはどのように祈ればよいのでしょうか?
それはお願いするよりも、むしろ感謝すればいいのです。
それは人間どおしの関係と同じです。
人間どおしでも、何かしてあげているのに気づきもしない、してもらって当たり前だと思っている人がいるものです。
そういう感謝知らずの人が、困ったときだけやってきて、助けを求めても、ふつうは誰も耳をかしたくないものです。
でも、普段からささいなことにも感謝してくれる人が助けを求めにやってきたら、やはり何とかしてあげたくなるのが人情というもの。
神様も同じだと考えていいのです。普段からいつも感謝している人が困って助けを求めたら、もっと助けてあげたくなるのです。
マザー・テレサは、日々、「お願いします。助けてください。」と祈っていました。
でもそれ以上に、「ありがとうございます。いつも感謝しています」と祈っていたのです。