先日、友人たちと雑談をしていたら、大阪のおばちゃんのたくましさの話になりました。
大阪のおばちゃんのたくましさ、(それをガメツサと言う人もいますが)私には大いに学ぶべきことがあります。
友人のひとりは、昔セールスマンをしていたのですが、こんなことを言っていました。
聞き捨てにできなかった友人の談話
同じキャンペーンの催し物をしても、東京と大阪では反応が、全然違うんです。
東京なら、どの時間帯も満遍なく人が集まってきます。
大阪なら、それまで閑散としていても、特別サービス時間になると、沸いてきたように人が集まってくるんです。
(わかる、わかる・・・)
その特別サービス時間に、ガラポン福引抽選くじをやります。
あのガラガラとまわして、ポンと玉がでてくる抽選くじです。
「おおー、赤玉!大当りー、おめでとうございまーす!」
というやつです。
お客さんの中にはそれを目当てに来る人も多いのです。
くじだから、当然、当たり外れがあります。
東京では、
「あらー、白玉でーす。残念でしたー」
と言うと、東京の人は、ちょっとがっかりした表情で、何も言わずに立ち去ります。
(なるほど、そうでしょう)
しかし、大阪ではそうではありません。
「あらー、白玉でーす。残念でしたー」
と同じように言っても、大阪の人は、こう言うのです。
「にいちゃん、残念賞、何?」
「えっ!?」
「ほら、残念賞、何がもらえるの?」
「・・・・」
これが二人や三人ではありません。
反応としては、ほぼみんな・・・。
ガラポンくじを人生の話にたとえる
たわいもない話かもしれませんが、このガラポンくじを人生の話に置きかえてみましょう。
ガラポンくじのように、人生でも、何かにチャレンジして、失敗するのはよくあること。ガラポンくじも、出てくるのは、ほとんどが白玉です。
でも、「残念でしたー」
それでがっかりして終わっては、いけないのではないかと思います。
ついでにしたのではなく、このガラポンくじをやりたくて、わざわざやって来たのなら、なおさらです。
(わざわざここまで来たんですよ。時間も、お金もかかっているんですよ。)
「残念賞、何?」
とりあえず、聞いてみる姿勢が大切なのだと思うのです。
すると、お店の人もそれに応えてくれます。
(だから、友人の話では、大阪でキャンペーンするときは、それ以来、必ず、残念賞を用意しておいたそうです)
「残念賞、何がもらえるんですか?」
わたしはお店の人には言わないかもしれませんが、神様には言いたいと思います。
すると、きっと何かもらえます。
いや、もらえることに気づきます。
でも、たぶん、その場ですぐにはもらえません。
人生の「残念賞」は、後でもらえるのです。
いや、もらっていたことに、後で気づくのかもしれません。
もしかしたら、白玉100個で、目の前の1等賞より素晴らしいもの。
たくさんの「残念」を重ねてても、成功を勝ち得ることはできます。
いま「残念」であっても、あきらめない人は、後で素晴らしい「賞(ごほうび)」をもらえる人なのです。
「残念」でもがっかりせず、素晴らしい「賞」がもらえると考えよう。
●おまけの話
昔、学校主催のお祭りで、ガラポン福引抽選くじの係をしたことがあります。
外からいらしてくださった方へのサービスです。
いっしょにやっていた同僚が
「おおー、白玉、大当りー!どうぞこちらからお好きなものをお取りくださーい」
と言っていました。
チャレンジすれば、「参加賞」という当たりなのです。
人生でも同じです。
私たちは「人生という素晴らしい参加賞」をすでにいただいています。