映画俳優、高倉健さんの言葉や行動を少しご紹介します。
2014年11月10日、高倉健さんがお亡くなりになりました。残念でたまりません。
不器用だけど、信念を曲げない「男の中の男」を60年演じ続けた人生。日本の映画史に燦然と輝く大スターでした。
映画『幸福の黄色いハンカチ』で共演した武田鉄矢さんが、あるとき健さんにこう言って持ち上げたことがあります。
「健さんは富士山だから、立っているだけで絵になる」
すると健さんは、「富士山は寂しいぞ」と笑ったそうです。
謙虚で、誰に対しても礼儀正しく、人の寂しさや痛みにも敏感でした。
前に書いた武田さんと健さんのエピソードをご紹介します。
武田さんを主人公にして書いていますが、いま読めば、健さんの優しさが心に染みます。
健さんの優しい言葉
「監督ってのは、伸びるからしごくんだよ」 高倉健
●悩みは、成長し成功するための活力減になる。
武田鉄矢さんの物語
武田さんは、子どもの頃からコンプレックスの塊だったそうです。
貧しいタバコ屋の息子で、服はいつも同じ物。
胴長、短足。高校時代のあだ名は「バケモノ」。
女の子にモテルわけがありません。
大学を出て、仲間と海援隊というバンドを結成。
自らの半生と母への思いを歌った「母に捧げるバラード」が大ヒットします。
が、その後は不遇の時代が続きます。
生活は逼迫し、才能に疑問を感じ、
いつもコンプレックスに悩まされていました。
そんな武田さんが、コンプレックスとのつきあい方を学んだのは、高倉健主演の『幸福の黄色いハンカチ』という映画に出演し、山田洋次監督からしごかれたのがきっかけだそうです。
下痢をして、ティッシュペーパーをもっていくシーンがありました。
武田さんは、おしりを押さえて一所懸命に走る演技をします。
おかしさのあまり、まわりの人はワッと笑いました。
ところが、山田監督からは君のいまの演技には下品な心があると言われます。
そのシーンのやり直しが、15、6回も続くと、さすがに武田さんはひとり落ち込みました。
日頃のコンプレックスが噴出してきて、また明日撮影所にいかなければと思うと、怖くて毎晩酒を飲んだそうです。
そんなとき、尊敬する高倉健さんから声をかけられました。
「おまえはいいな。監督はずっとおまえしか見ていない。
監督ってのは、伸びるからしごくんだよ」
武田さんは、健さんのこの言葉に救われます。
「ぼくにとってコンプレックスは吹き飛ばすというより、上手につきあっていくものです。
片方の天秤にコンプレックスがあり、もう一方の天秤にうれしい想い出を積み、バランスをとる生き方をつかんだのです」
武田さんは、健さんのやさしくうれしい言葉をもう片方の天秤にのせて立ち直り、この役を見事演じきったのです。
このとき出来た映画『幸福の黄色いハンカチ』は、第1回日本アカデミー賞最優秀作品賞 (1978年)、第51回キネマ旬報賞など、その年の各賞を総なめしました。
第1回日本アカデミー賞、最優秀監督賞:山田洋次、
最優秀脚本賞:山田洋次・朝間義隆、
最優秀主演男優賞:高倉健 、優秀主演女優賞:倍賞千恵子、
最優秀助演女優賞:桃井かおり、優秀音楽賞:佐藤勝。
そして……最優秀助演男優賞:武田鉄矢。
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武田鉄矢さんが俳優として花開いたのは、山田洋次監督の抜擢と指導の成果でもあったのでしょうが、健さんの大先輩としての優しいフォローもあったからです。
健さんは、共演する役者さんたちに優しかった、だけでなく、照明さんやカメラさんなどスタッフにも礼儀正しく、謙虚で、優しかったそうです。
ああ、健さん主演の映画を観たくなりました。
『幸福の黄色いハンカチ』を私は、4回くらい観たけれど、お勧めです。
涙、涙、・・・。
【出典】斎藤茂太著『モタさんの『逆転発想』のすすめ』(グラフ社)
「読売新聞」2014年11月19日
健さんはなぜ撮影中に腰かけなかったのか?
どれほど長時間の撮影であっても、健さんは腰を下ろして休憩しませんでした。
なぜでしょうか。
健さんは聞かれてこう答えています。
「癖ですからね。何か座っちゃうと緊張が……。こう持続できないというか……、あんまり無理してるんじゃなくて、なんとなくそのほうが仕事をしてるって感じます」
(『単騎、千里を走る。』のメーキングビデオのなかで)
「スタッフや共演の方たちが寒い思いをしているのに、自分だけ、のんびりと火にあたっているわけにはいかない」
(「女性自身」吉永小百合さんとの対談 79年12月27日号)
自分が登場しない撮影場面も、ずっと立って観ているわけです。
休んでいてもいいのに・・・。
2年前に公開され、遺作となった映画『あなたへ』のときもそうでした。
寡黙な男の、仕事や人への誠意の現れだったのだと思います。
「人生で大事なものはたったひとつ。心です」高倉 健
寡黙な男の一番多いセリフは?
『高倉健インタヴューズ』を書いた野地秩嘉さんが出演映画204本のうち180本をチェックしたところ
「すみません」「お願いします」「ありがとう」
がベスト3だったそうです。
これらは、良い人間関係をつくる基本の言葉。
健さんの言い方は、その目や顔の表情や仕草に心がこもっていました。
実は、寡黙な男もギャグを言ったことがあります。
映画『幸福の黄色いハンカチ』で、健さんが武田鉄矢さんを叱る場面です。
武田さんは、北海道でナンパした桃井かおりさん(失恋して傷心の一人旅の途中)に、シツコク迫りますが、なかなか思いが遂げられません。
ふてくされた武田さんが健さんの前で、桃井さんを馬鹿にするようなことを言ったときです。
健さんは怒ります。
「いいかげんにしろ!」
その後、思わぬオヤジギャグが出てくるのです。
「おなごちゅうのは弱いもんなんじゃ。咲いた花のごと、弱いもんなんじゃ。男が守ってやらないけん。大事にしちゃらんといけん」
武田「……」
「おまえのような男のこと、おれの田舎では何と言っとんのか知ってるか」
武田「いえ」
「草野球のキャッチャーちゅうんじゃ」
武田「?」
「ミットもない……。ちゅうことや」
観ている人も、ほっとした気持ちになれる健さんのめったに言わないギャグでした。
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【出典】『高倉健インタヴューズ』 野地秩嘉 著 映画「幸福の黄色いハンカチ」