感謝は、商売の基本です。
京都で200年以上の伝統ある老舗、井筒八ッ橋本舗で勤続約40年の西川洋さんのお話です。
「はい」という返事の意味
西川さんは、京都市教育委員会・学校・企業などが提携して行う「スチューデントシティ学習」のスタッフを毎年、担当しています。
「スチューデントシティ学習」の学習対象者は、市内の小学生高学年全員。各学校での事前学習を基に、京都まなびの街生き方探究館で行う体験学習を通して、働くことの意味や社会とのつながりなどを学習し、自らの生き方を探究していきます。
これまで約8万人参加した子どもたちのうち数千人を、西川さんは直接、指導してきたのですが、その際、尋ねてきたことがあります。
それは、返事の意味です。
「みなさん、『はい』という返事は漢字でどう書くか、ご存じですか?」
西川さんは、このように子どもにも敬語で話しかける人です。
しかし、そう聞かれても、ふつう誰も手が挙がりません。
これまで、すぐに答えることができたのは、3、4人くらいだったそうです。
そこで、ヒントを出します。
「お父さんやお母さんが手紙を書かれるときの最初の言葉は何でしょうか?これがヒントです」
すると、「あっ」と声をあげて、手を挙げる子が出てきます。
「拝啓の『拝』です」
「そうです!よくわかりましたね!「はい」は拝啓の「拝」つまり、相手を敬う心から生まれてくるものなんですね」
子どもたちは、いっそう真剣な眼差しで聞きます。
「『はい』という返事は、気持ちがいいものですね。それは相手を大切に思い、敬う気持ち、思いやりの心がこもっているからですよ。
それに「はい」と言っていると、自分の心が素直になっていきます。ですから、『はい!』という、たった一言だけで、自分もまわりの人も幸せな気持ちになれるんですよ」
そういうことを西川さんはニコニコしながら教えてあげるのです。
すると、子どもたちの様子が明るく変わってきます。
「はい!」という返事に心をこめるようになってくるのです。
さらに、子どもたちの表情や目がイキイキと変わっていく言葉があるそうです。
感謝で、人は幸せになる
それは、「ありがとうございます」。
西川さんは、子どもたちが模擬店を出して商品を売り買いするお店体験の指導もします。その前に、次のようなことを言うそうです。
「皆さん、お客様と応対するとき、いちばん大切なのは、お客様への感謝の気持ちです。お客様はお店までわざわざ足を運んでくださいます。そして、商品を買ってくださいます。
これは当たり前のことではないんですよ。
商品を買ってくださるだけでなく、来ていただけるだけでも、ありがたいことなんです。そこには私たちへの信頼があります。
その信頼に一所懸命応えていかなければなりません。
そうすることで、お店をこれまで長く続かせていただき、私たちもいま働かせていただいているのです。
ですから、一人ひとりのお客様に感謝の心を持って応対することが大切なんですよ」
はじめてそんな話を聞いた子どもたちは、次第に目の輝きが変わっていきます。
「ありがとうございました」と頭を何度の角度で下げなさいと言わなくても、自然に頭を下げるようにもなります。
あるとき、一人の男の子がイキイキした表情で、「ありがとうございました」と深くお辞儀をしているのを見て、西川さんはすかさずほめました。
「あなたの『ありがとうございました』は、すごくいいですね。
あなたのおかげで店の中がパッと明るくなりましたよ。
いい応対をしてくださって、ありがとうございます。」
すると、そばで聞いていた付き添いの先生が、ふいに目頭を押さえました。
「どうされたんですか?」
驚いて西川さんが尋ねると、先生は涙をこらえながらこう言いました。
「この子は、特別支援学級の子で、学校外の人から、これまでほめられたことも、感謝されたこともなかったんです。
西川さんから今日はじめて「ありがとう」って言ってもらえました。
それなので、うれしくて……。感謝されるって、こんなにうれしいことなんですね。本当にありがとうございました」
感謝すること、感謝されること、それは人が人として認め合い、人が人として尊重し合うなかで生まれる、素晴らしい行いなのです。
拙著『感謝の習慣が、いい人生をつくる』より