この記事は、60歳台の人や60歳になろうとしている人のために書きます。
60歳は還暦という人生の区切り。また、多くの場合、定年退職か数年後に退職する年齢でもあります。
「俺、もう、60歳だよ」
と言ってクヨクヨする人もいますが、
「まだ、60歳か」「いよいよ、これからだ」
と私は考えています。
人生100年としたら、60歳にはまだ40年も残りの人生があるのです。65歳でも35年です。
しかも、会社を定年退職された人なら、会社勤務もなくなり、これまでできなかったことを比較的自由に楽しめる、あるいは新たな夢にチャレンジできる時間が生まれるのです。
60歳、あるいは65歳からのこの貴重な時期を、どのようにすれば有意義に過ごせるのでしょう。考えていきましょう。
まずは、気持ちを生き生きとしたものにしたいですね。
老いも若さも心の持ち方で変わる
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときはじめて老いる。
サムエル・ウルマン(詩人 享年84歳)
「もう年だから・・・」とため息をついてしまう人のために・・・。
「もう若くないから・・・」とあきらめそうな人のために・・・。
安心してください。勇気を振り絞ってください。
「年を重ねただけで人は老いない」のです。
あなたに夢がありますか?
理想がありますか?
ありますね。
であれば、あなたの心は若々しいのです。
理想と希望に向かい、勇気をもって日々、新たな活動を続ける限り、あなたは、いつも、いつまでも「青春」なのです。
「青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方をいう。」(サムエル・ウルマン)
この言葉に多くの人が勇気づけられてきました。
老人は明日に希望を見出し、情熱を得ました。
青年は安逸への警句として、知恵を得ました。
この言葉を遺したサムエル・ウルマンとはどんな人だったのでしょうか。
サムエル・ウルマンは1940年ドイツ生まれのユダヤ人でした。
ユダヤ人迫害の困難な時代に、11歳の時に両親と共にアメリカ南部に移住。
南北戦争従軍などを経て、バーミングハムで、金物業を開業。
市の教育委員、敬度なユダヤ教徒であり、社会的弱者であった孤児、女性、黒人、労働者を救済する運動に生涯を捧げました。
1924年に亡くなっています。
彼は80歳という人生の頂に立ち、来たるべき死を自覚しながらもなお、理想を追うことの大切さを歌い続けました。
著者80歳を祝って家族が出版した詩集は、温かな愛に満ち、生を讃えものでした。
それは時代を超えて読む人にさわやかな感動をもたらし、ベストセラーになりました。
そして、いまも多くの人たちに愛され続けています。
私たちもそうです。
日々の生活や仕事を楽しみ、希望と夢をもって生きるとき、精神は若々しいのです。
私たちが夢に向かって進むとき、理想に燃えて進むとき、いつまでもわたしたちの精神は生き生きと輝いているのです。
参考)サムエル・ウルマン、作山宗久訳 『青春とは、心の若さである』(三笠書房)
夢をもってワクワク生きる
志を立てるのに、老いも若きもない。
そして志あるところ、老いも若きも道は必ず開けるのである。
松下幸之助(実業家 享年94歳)
夢をもっていますか。夢をもってワクワクしながら生活を送っていますか。
夢があるかないかに、年齢は関係ありません。
子どもは、可能性と将来性に満ちているから、夢をいっぱいもっているということではりません。
子どもにも、「この国は何でもあるけれど、希望だけがない」と言って毎日憂鬱そうに生活している子が大勢います。
大人は、就職もしたし、結婚もしたし、もはや自分の先が見えているから、夢をもてないということでありません。
60歳以上になっても、、夢をもって生き生きと色々なことにチェレンジしている人はいます。
自分の好きなことでビジネスをしようと考えている人。
NPO法人に入って、地域や人のため働こうと思っている人。
本を書いて、出版しようと考えている人。
趣味や志が同じ人と勉強会をつくって、日本全国いろいろな人と交流しようと思っている人。
夢をもっている人はたくさんいます。
夢をもつのに年齢は関係ありません。
松下幸之助さんは、94歳で亡くなる直前まで、夢をもって勉強されていたのです。
起業家のカーネルサンダースさんは、65歳で「ケンタッキー」を起業されたのです。
三浦雄一郎さんは、世界最高齢80歳で3度目のエベレスト登頂に成功されたのです。
柴田トヨさんは、90歳を過ぎて始められた詩作が詩集となりミリオンセラーになったのです。
日野原重明先生は、100歳を過ぎても聖路加病院で現役医師であり、講演活動や執筆活動もされていたのです。
今、60歳の人は人生100年としたら、あと40年も時間があります。
定年退職して、これまでの会社生活とは違う時間の使い方ができます。
これからは、自由に使える時間がたっぷりあるのです。
夢をもつ限り、人生は生き生きとして楽しいものなのです。
これから先が、また楽しくなるのです。
クヨクヨしない、心配し過ぎない
心配するな、大丈夫、なんとかなる。 一休宗純(僧侶 享年87歳)
60歳からは、クヨクヨ心配し過ぎないようにしたいものですね。
定年後の不安のタネとして多いのは、お金と健康だそうです。
両方とも心配し過ぎると、ストレスになります。
お金って、持っていれば、心配がなくなるかと言えば、そうでもないようです。
大金もちになったことはないですが、恐らくどれほど持っていても、お金に執着している限り心配のタネはつきないでしょう。
知り合いお金持ちは、病気になって入院したらどうしようか、これで老後は十分足りるんだろうかとか、オレオレ詐欺に狙われないだろうか、泥棒や強盗に奪わないだろうか、などと夜も眠れないくらい心配しています。ストレスで病気になりそうです。
無論、ある程度蓄えはあったほうがいいのですが、なくてもなんとか生きていけるのです。
例えば、2歳の子どもを救い出し、スーパーボランティアとして全国的に有名になった尾畠春夫さん(84歳)は、65歳で経営していた鮮魚店をやめてからは、毎月の年金5万5千円で生活されています。
定年後は本格的にボランティアで、全国あちこち車で移動しますが、経費は全部自費、被災地から金銭は受け取りません。前向き楽しく生きがいのある生活できるのです。
尾畠春夫さんは特別かもしれせんが、贅沢をぜず、生活を切り詰めながら工夫していけば、楽しく生活できるでしょう。
お金がなくても人生なんとかなると、腹を括り、お金のことでクヨクヨ悩まないなら、ストレスも溜まらない。ストレスが溜まらないなら、病気にもなりにくいです。
尾畠春夫さんは、身体も元気で、11年間健康保険証は使ったことがないそうです。
さて、室町時代の禅僧(臨済宗)であった一休さんは87歳という当時としては非常に高齢で亡くなりました。
亡くなる直前に弟子たちに「この先、どうしても困ったとき、苦しいときに開けないさい」と一通の手紙を残したそうです。
数年後、弟子たちが本当に困り果てその手紙を開けると、中には「心配するな、大丈夫、なんとかなる」と書かれていたそうです。
さすが、とんちの一休さん、死んでからも笑わせくれます。
さて、考えてみれば、人生に問題や困難はつきものです。
でも、なんとかなるのです。
私たちも、これまで様々な問題があっても生きてこられたというのは、なんとかなってきたからではないでしょうか。
いま心配していることのほとんどは、取り越し苦労に終わるでしょうか。
お金がなくても、病気になっても、人間は幸せにはなれます。
心配しなくても、大丈夫です。